9月24日、ドイツで4年ぶりの連邦議会(日本の衆議院にあたる)選挙が行われる。ここ数年、移民問題の深刻化とともに、新しい右派ポピュリスト政党のAfD(“ドイツのための選択肢”)が地方選挙で着々と勢力を拡大、今回の選挙でも躍進が予想されている。そんな中、ある新聞広告が大きな話題になった。
8月中旬、朝刊を斜め読みしていた筆者の目は、第5面でクギ付けになった。それは、「なぜ私はAfDに投票するか」という見出しの、ドイツ連邦議会議員エリカ・シュタインバッハ氏による、半ページ広告だった。スペースの半分近くは同氏の顔写真で埋められ、文末には自筆サインまで入っている。
内容は非常に簡潔だ。
「私は40年以上にわたってCDUの党員でした。27年間にわたってドイツ連邦議会の議員を務めています。今年1月、私は考えた末にCDUを離党し、現在は無所属です。なぜでしょうか? 2005年以来、(メルケル)首相をトップとする連邦政府は、何度も司法と法律に反する決断を下してきました。ユーロ救済、3日で決まった突然の脱原発、そして100万人以上の移民の違法かつ無制御な受け入れまで、その一方的な決断は、私たちの国に長期にわたる過酷な負担を押し付けました。(中略)基本法(ドイツの憲法)が定める制御機能というものを、議会が新たに自覚しなければ、私たちの議会制民主主義は害される。私はそう確信しています。私にとって、その能力と意思の強さを見出すことができるのはAfDだけです。だから9月24日には確信を持ってAfDに投票するのです」。
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AfD(“ドイツのための選択肢”)は、ドイツの急進的な右派政党である。2013年に結党、全国16州のうち13の州議会に進出する急成長の一方で、党幹部の度重なる極右的発言が問題視されている排外主義者の集団だ。翻って、CDU(=キリスト教民主同盟)はアンゲラ・メルケル首相を党首とする保守中道政党である。シュタインバッハ氏は、伝統的な保守政党から新興ポピュリズム政党に鞍替えしただけでなく、そのPRに進んで一役買ったのだ。連邦議会の選挙を1カ月後に控えたタイミングで、高級紙『フランクフルター・アルゲマイネ』を舞台にこうしたPRが展開されたことに、私は竦然とした。
それは、この広告の「わかりやすさ」を、うさん臭く感じると同時に、それが幅広い市民層に訴求することを危惧したからだ。その内容と表現は、中学生にも理解できる平易なものである。ドイツでは、「脱原発」はともかく、「ユーロ救済」と「移民受け入れ」については、表向きに反対はしなくても、内心では不満を感じている市民が少なくない。なぜ我々の血税で放漫財政のギリシャを救済しなければならないのか、そして、大量の難民受け入れは国内のテロ続発の一因となったのではないか。こうした素朴な疑問に対して、AfDは「ドイツのユーロ圏脱退」と「国境の即時閉鎖」で回答する。右派ポピュリズムは、自国最優先のわかりやすいロジックが特徴だ。
Auch als Parteilose bin ich kein politisches Neutrum.
Unsere Demokratie braucht Engagement‼️ https://t.co/cZjledmI8M— Erika Steinbach (@SteinbachErika) 2017年8月17日
一方、現在の連立政権(CDUとSPD=社会民主党)は、政治問題を現実に即して説明する。難民問題を例に取ろう。CDUの公式サイトにある難民政策は、「わが党にとって、簡単で迅速な解決が存在しないことは明らかです」の一文で始まる。難民問題には、一国単位で実効性のある長期的な回答は出せない。ドイツ政府は昨年以降、国内では難民関連法を改正し、EUレベルではトルコと難民受け入れ措置で合意し、紛争地ではIS撲滅の闘いと現地での難民ケア改善により、難民発生の原因そのものに対処している。それがCDUの説明だ。全方位で難民問題に取り組んでいることは確かだが、それは問題の全体像を把握する知識層にはアピールしても、大衆が求める即効性には当然ながら欠けている。
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しかし、ここで忘れてはならないのは、私たちが人権尊重ということを、どうとらえるべきなのか、という点である。ドイツ政府においてもEUにおいても、難民問題対処の根底には、基本的人権の尊重という理念がある。出身国や出自に関係なく、万人が人権を保証されるべきだという理念の尊さは、何にも代えられないものではないだろうか。特にドイツでは、ナチズムの過去への反省から、戦後制定された基本法で難民庇護について規定している。政治信条や宗教などを理由に母国で迫害されている者に、ドイツが国家として庇護を与えるという内容だ。21世紀の現在、EUの域内国境検問廃止という枠組みを利用して1年間で100万人近い難民が押し寄せた事態において、確かにその実践は難しい。事実、ドイツでは難民の急増後、移民受け入れの規定を短期間で厳格化し、EUも新たな関連法の整備を急いでいる。それでも、人権尊重という理念そのものは揺らいでいないはずだ。
超国家的視点での人権保護について、ナショナリストたちは明確な回答を持たない。というより、その問い自体を除外している。問題は、彼らがもはや世界的に少数派でなくなりつつあることだ。ドイツのAfDだけでなく、オランダの自由党など欧州他国のナショナリズム政党も根強い支持を集め、英国では排外主義者たちがEU離脱に投票して勝利し、米国では「アメリカ・ファースト」に共鳴した有権者たちがトランプ政権を誕生させた。彼らの多くは、グローバル化や移民急増の流れの中で、敗者となることを危惧した者たちだ。私たちの民主主義は、多様な主義主張を受け入れながらも、最終的には選挙や国民投票といった多数決原則で国政を担う者を選出する。排外主義者が多数派として選挙に勝利すれば、全国民がそれを受け入れるしかない。かつてヒトラーも、選挙という合法的な手段で政権に就いたのだ。
シュタインバッハ議員の広告は、その危ういシナリオを私の中でシミュレーションさせた。広告掲載の1週間後、8月25日付の世論調査(ドイツ公共第一放送が実施)で、AfDの支持率は前回から2ポイント上昇し、自由民主党、緑の党をしのぐ10%に達した。ドイツ連邦議会では政党の得票率が5%を超えれば議席が与えられる。AfDが今回、初の連邦議会入りを果たす可能性は大きい。彼らの「わかりやすさ」と既存政党との攻防は、これからが正念場だ。
<トップ写真>
フランクフルター・アルゲマイネ紙に出た、エリカ・シュタインバッハ議員の大広告 ©TANAKA Mika
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