抗う息遣いが鼓膜を震わせ、凍てつく日本海のしぶきが頬にかかる… 写真の世界には全く門外漢の筆者にまでそんな感覚を覚えさせた写真。9月14日、パリ国際写真賞(PX3 PRIX DE LA PHOTOGRAPHIE PARIS)で輝かしい賞を受けたフォト・ジャーナリスト高橋智史の作品・作品集だ。
顰蹙ものかもしれないが、筆者には、最初、軍服による弾圧に抵抗する女性の写真は、ミャンマーかと思わせた。筆者の記憶の中に、ポル・ポト政権時代の恐怖は残っているが、その後のカンボジアのことはほとんど意識になかったからだ。筆者の心に深く刺さったその写真は、「カンボジアの平和運動の象徴として、カンボジアの人権弾圧に立ち向かい続け、現在はアメリカに亡命している女性活動家テップ・バニー女史の、囚われの身となりながらも祈り闘う姿」であった。作家は高橋智史氏(39歳)。
コロナ禍で海外を活躍の舞台としてきた多くのジャーナリストの動きが忽然と止まってしまった。だが、CO2をまき散らす飛行機の旅も、セレブのようなパーティをしなくとも、優れた作品を評価して称える動きは健在だ。そして、改めて身の回りを見なおせば、伝えたい、伝えるべき取材対象を見いだせることも、そのことの意味も、我々ジャーナリストに気づかせてくれたように思う。
高橋智史氏は、2007年から11年間カンボジアの首都プノンペンに暮らし、36年間も続くフン・セン独裁政権と抵抗する人々の姿を取材してきたのだ。2018年夏の総選挙を前に、野党、ジャーナリスト、人権活動家などの抵抗勢力を消し去ろうとする弾圧に、未来の世代のためにと命がけで抗う人々の様子を撮り続けた。その写真を世に出すために帰国を決意。国際人権デーの12月10日に出版された写真集は2019年土門拳賞に輝いた。
プロの部、写真集部門「Book/Documentary」でゴールド賞を受賞した
「RESISTANCE カンボジア 屈せざる人々の願い」(2018年、秋田魁新報社刊)写真提供:高橋智史
つまり、帰国理由はコロナではなかったが、コロナもあって日本に留まることになり、伝承の宝庫とされる故郷秋田にレンズを向けた。「高橋智史が撮る・故郷秋田~受け継がれしものたち~」と題した毎日新聞での連載に情熱を注ぎ、その作品も今回受賞している。
プロの部、報道写真部門「Press/Feature」で佳作・奨励賞受賞
故郷秋田の極寒の海で行われる伝統の「季節ハタハタ漁」のフォトストーリー「Seek the Fish God」写真提供:高橋智史
「これらの賞は、勇気と尊い願いに対して与えられた賞だと感じております。賞を通じて、カンボジアの人々の抗う屈せざる願いと故郷秋田で受け継がれてきた伝統の営みに、温かい関心を寄せていただくきっかけとなれば幸いです」
パリ国際写真賞は2007年、才能発掘や写真鑑賞の促進を目的に創設されたもの。プロとアマチュアの部があり、写真集、広告など8つの部門で競う。部門ごとに1位、2位、ゴールド、シルバー、ブロンズの賞があり、オンラインで「受賞証明書」が授与される。各部門の1位、2位を受賞した写真家は、パリでの受賞作品写真展に参加できる。
パリ国際写真賞のゴールド賞証書 画像提供:高橋智史
パリ国際写真賞への挑戦は今回が初めて。「いつの日かまた、パリでの写真展参加を目指して、努力を続けます」。
高橋氏の写真をヨーロッパで直接見られる日を待とう。
<2021年10月15日追記>
高橋智史さんの数々の作品は、世界最大規模のアメリカの国際写真賞「International Photography Awards」(IPA)でも、輝かしい賞を受賞しました。
- プロフェッショナルの部、「報道写真部門・Editorial/Press/Other」において、女性活動家テップ・バニー女史の囚われの身となりながらも祈り闘う姿を収めた写真が第2位に。
- プロフェッショナルの部、「ドキュメンタリー写真集部門・Book/Documentary」において、写真集「RESISTANCE」が「Honorable Mention」(佳作相当)に。
- プロフェッショナルの部、「報道写真部門・Editorial/Press/Feature Story」において、故郷秋田のハタハタ漁の写真群が(モノクロバージョン)「Honorable Mention」(佳作相当)に。
- プロフェッショナルの部、「イベント/伝統/文化・Event/Traditions/Cultures」において、鎌倉・長谷寺の「万灯祈願会」の写真が「Honorable Mention」(佳作相当)に。
- プロフェッショナルの部、「自然/風景・Nature/Landscape」において、男鹿半島から望む、渦を巻くような巨大な雨雲と虹の写真が「Honorable Mention」(佳作相当)に。
<作家プロフィール>
高橋智史/Satoshi Takahashi
フォト・ジャーナリスト。日本大学芸術学部写真学科に進み、在学中の2003年からアジア各国で取材を始め、2007年から2018年までカンボジアの首都プノンペン在住。現在は鎌倉市に住んで故郷秋田の伝統継承を撮り続ける。 2014年名取洋之助写真賞、2016年三木淳賞奨励賞、2019年土門拳賞を受賞。
この度の受賞作はパリ国際写真賞の下記URLより閲覧ができる。
PX3 2021 Winner – The Indomitable Spirit of Cambodian Resistance – Single Winner
PX3 2021 Winner – Fighting for Social Justice – Single Winner
PX3 2021 Honorable Mention Winner – Seek the Fish God – Single Winner
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カンボジアでの数年に及ぶ取材をまとめ発表したラインニュース記事 「アンコールワットの賑わいの影で… 自由を奪われた国・カンボジアの真実」 (秋田魁新報)はこちらから。