新型コロナウイルスに対するニュージーランドの方針は、一貫して「除去(Elimination)」だ。日本ではゼロ・コロナなどと称されるが、感染が発生した際、厳重な抑制を行うことで、結果目標ではなく、プロセスを意味する。
8月中旬に確認された市中感染で、約20日間にわたって全国一斉ロックダウンとなった。今も感染者が増加中のオークランド(北島にあるNZ最大の都市)では、ロックダウンが続く。市中感染は、オーストラリア・シドニー発の「レッドゾーン・フライト(搭乗者が隔離検疫する必要があるフライト)」で帰国した乗客のうちの1人から広がったといわれている。この便からは複数の感染者が確認されているが、市中感染につながったのは、この1人のみ。「国境封鎖」とそれに伴う「隔離検疫」という厳しく徹底した水際対策のおかげで、感染源が複数になるのを食い止めることができた。
管理隔離施設(MIQ)の予約は「早い者勝ち」
「国境封鎖」というと、全く誰も入国できないように聞こえるが、そうではない。ニュージーランド国籍か、在住資格を持つ外国人は、海外から帰国・入国することができる。ニュージーランドは島国なので、ウイルスは海外から持ち込まれる。市中感染もさかのぼれば、そこに行きつく。なので誰もが海外から到着後すぐ政府指定の管理隔離施設(MIQ)で14日間の隔離を行う義務がある。たとえ、ワクチン接種を完了していても免れることができない。ニュージーランドを出国し、再び入国する予定の人は、出発前にMIQを予約し、その予約票を提示しなければ、出国時の航空券購入すらできない。
14日間下界から完全に隔離される管理隔離施設(MIQ) Photo by Eunice Stahl on Unsplash
MIQは専用ウェブサイトで予約する。ページに掲載されているカレンダーの日付をクリックして予約するが、なんと7月初めの段階ですでに11月末日まで満室だった。政府は、時々空室を開放する。しかし、それがいつなのか、どの月分なのかなどは伏せられている。
予約は「早い者勝ち」だ。空室が出ると、カレンダーの満室を示すバツ印が外されて日付だけに戻る。それをクリックして予約を取る。しかし、間髪入れずにクリックしたとしても、あっという間にバツ印に戻ってしまっている。予約失敗だ。帰国希望者の中には、毎日20時間近く、コンピュータの前に座り、再読み込みを繰り返し、空室表示を待つ人もいる。1人ではらちが明かないと、家族全員が複数のデバイスを使い、予約ページとにらめっこするケースも少なくない。MIQの予約は困難を極める。
MIQ予約代行の報酬が20万円!
破綻した予約システムを相手に、コンピュータに詳しい人はボットやスクリプトなどのテクノロジーを用いて対抗している。再読み込みを絶え間なく行い、いつかわからない、空室の開放に備える部分をテクノロジーに頼るわけだ。空室の察知直後にアラートが鳴って、本人が即予約する。通常の方法よりはるかに効率よく、短時間で予約できるという。
普通の人でも同様のテクノロジーを使って効率よく予約ができるようにと、スクリプトを用いた方法を無料で伝授する人もいる。ノウハウを専用のフェイスブックグループで無料公開しているのだ。頻繁に更新される予約システムに追いつき、対応できるよう、グループの主宰者はノウハウのアップデートを欠かさない。
一方、自分では手に負えないという人もおり、「MIQ予約代行業者」まで登場している。請け負うのは旅行代理店だったり、個人だったり、さまざまだ。国内のラジオ情報によれば、予約が取れた際の報酬は、良心的な場合は120NZドル(約9400円)程度。しかし中には2500NZドル(約20万円)近くの法外な金額を提示するケースも見られ、問題視されている。
「親が死んでからしか会えないのか」
コロナのせいで、旅が決して安全とはいえない中、ニュージーランドに帰国・入国を希望し、MIQを予約しようという人とはどんな人たちなのだろうか。どの人にも共通しているのが、各々必死の状況だということだ。
たとえば、重病の親に会うために海外に出たが、いざ戻ろうとするとMIQが空いておらず、国内に残していた子どもと長らく会えないままになっている女性。国内に住む母親が余命数カ月と診断されたため会いに帰りたいが、MIQが取れず、もう会えないかもしれないという娘。海外に単身赴任しており、1年のうちの決まった月しか帰国できないが、ちょうどその時期にMIQが取れず、夫と最後に会ったのは2019年だという妻…。
隔離施設の1つ。表の張り紙にはここが隔離施設であることや、関係者以外立ち入り禁止などの注意事項が書かれている © Schwede66 (CC BY-SA 4.0)
多くの人がMIQのシステムに欠陥があるために長期間、家族と別れ別れになってしまっている。家族を最も大切に思うニュージーランド人の心の負担は非常に大きい。
実はMIQには特別枠がある。「緊急時配分」と呼ばれ、2週間ごとに350室が充てられている。旅行が一刻を争うものであるなどの条件があり、本人が条件に当てはまると判断すれば申請することができる。しかし、申請者の状況がどんなに悲しく、辛いものであっても、拒否される可能性がある。よく聞かれるのが、「余命いくばくもない」親に会いに帰国するケースは拒否されるが、「亡くなった」親の葬儀に出席するケースには許可が下りるという話。これには、「親が死んでからしか会えないのか」と怒りを隠せないMIQ予約希望者もいた。
MIQへの苦情が、訴訟や請願書に
今年3月の時点で、MIQに関して寄せられた苦情は、週に100件にものぼった。主に指摘されているのは、システム自体や部屋の特別枠の配分についてだ。政府から「国家的重要性がある」と判断されれば、ほぼ問題なくMIQの予約が取れる。たとえば、国を代表して東京オリンピックに出場したスポーツ選手などだ。しかし、親の最期を看取りたいという人は取ることができない。不公平だという意見が引きも切らない。専門家も、MIQのシステムは崩壊しており、廃止すべきだと指摘する。
シンガポールから帰国のためのMIQを予約しようとした男性は、業を煮やし、まずオンブズマンに訴え、担当する企業・技術革新・雇用省(MBIE)に問題解決を求めることを計画している。もし、オンブズマンの働きかけに応じないのであれば、弁護士を雇い、MBIEを訴える可能性もあるという。
「MIQはニュージーランド人を帰国から阻んでいる」と指摘し、近々政府に請願書を提出する予定なのは「グラウンデッド・キーウィズ(Grounded Kiwis)」つまり『飛ぶことも、MIQ予約も許されないニュージーランド人』というネーミングのグループだ。MIQの予約で苦い経験した人たちが集まって作ったフェイスブックグループは10以上。「グラウンデッド・キーウィズ」はその中の一つだ。9月13日現在で、1万8000以上の署名が集まっている。
根本的な問題は手付かず
政府側は問題に対処していないわけではないと言い張る。同じ人が複数の部屋をおさえようとするのを防いだり、複数のデバイスやボットを使用しての予約を阻止したり、空室の開放を世界の各タイムゾーンに合わせたりなどといった具合にシステムに修正を加え、ユーザーの要望を無視していないと強調している。しかし、「予約が取れない」という根本的な問題は手付かずだ。
日本でもよく知られるようになったジャシンダ・アーダーン首相は7月中旬に、テレビのニュースショーに出演し、「入国者に永久にMIQを課するわけではない」と説明した。また別のテレビ局のニュースショーでは、MIQシステムを中止するタイミングは、国籍・居住権保有者のワクチン接種のいきわたり具合にもよると話した。
8月中旬に政府は、ワクチン接種を完了した入国者を対象に、今年中にMIQの代わりに自宅での隔離を試験的に実施する計画だと発表した。また、2022年初めから、多くの国で行われているように、国をリスク別に分け、出発国のリスク区分によって、対処法を変え、国境を開ける予定だとも公表している。
同月下旬、デルタ株による市中感染の発生に伴い、政府はMIQ予約システム自体を一時中止した。9月11日現在も、緊急時配分以外は、誰も予約できなくなったままだ。この間に、MIQを新システムで運営するテストを行っている。バーチャルキュー(サービスを受けるために物理的にではなく、仮想的に列に並ぶシステム)を取り入れ、集まった人の中からランダムに当選者が選ばれる予定だ。
普段は宿泊施設として利用されている管理隔離施設。出入口はフェンスで囲われ、入れないようになっている © Paora (CC BY-SA 4.0)
9月1日、クリス・ヒプキンズ 新型コロナウイルス対応担当大臣は記者会見で、12月をニュージーランドで過ごそうと考えている海外在住者は、本当に帰国すべき理由がある人に、空室を譲るべきだと発言した。南半球にあるニュージーランドでは、クリスマスのある12月に夏休みに入る。海外在住者で、この時期一時帰国して家族と過ごすのを慣例にしている人は多い。。2020年に帰れなかった分、今年こそはと予約を取ろうとする人が殺到することは間違いない。そこへ、ヒプキンズ大臣の「夏休みを理由に、帰ってくるな」と言わんばかりのこの言葉。新システムとなるMIQへの苦情は減るかもしれないが、同大臣への非難の声は増えそうだ。