ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys 1921-1986)というアーティストをご存知だろうか。
フィッシャーマンズベストとフェルト帽を常に身に付け、何トンもの脂肪や蜂蜜を使ったセンセーショナルな作品を発表し、檻の中でコヨーテと3日間を過ごすパフォーマンスを展開するかと思えば、夜を徹して聴衆と社会変革について議論し、緑の党から欧州議会選挙に立候補もする。その唯一無二の個性と活動で、ボイスは今日まで戦後ドイツの美術を代表するアーティスト、というより、ほとんど社会現象としてドイツ人の記憶に深く刻まれている存在だ。
ボイスの生誕100年にあたる2021年、彼が生まれたドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州を中心に、1年以上にわたる大規模な記念イベントが展開されている。「ボイス2021」と題されたこのプログラムは、州首相のアーミン・ラシェット氏が後援し、13都市25カ所の美術館・学術機関が参加して展覧会、ディスカッション、映画上映、パフォーマンスなど、多様な催しを開催中だ。海外50都市ともネットワークを形成し、世界的にも注目を集める。
「ボイス2021」が来年までの長丁場で開催されているのは、彼が有名なアーティストだったから、ということだけが理由ではない。ボイスは経済至上主義から脱し、動物や自然との共存を目指すことで、人間が真に幸福になれる新しい社会を築くことができると考えた。
1969年、活動のピークを迎えていた頃のヨーゼフ・ボイス。既にカリスマだった。
Joseph Beuys, 19.5.1969, © slub dresden / deutsche fotothek / klaus eschen
そして、万人がそのための活動に参加することを希求した。世界的なコロナ禍で社会の歪みが一層明確になり、気候危機対策が各国で政治課題のトップに据えられた今、ボイスの主張が古いどころか、極めて今日的な有効性を持っていることを多くの人が感じているから、これほど「ボイス2021」 が盛り上がっているのだろう。
事実、「ボイス2021」の催しの多くが、単なるアーティスト回顧展ではなく、その理論や活動を現代の枠組みの中で捉え直している。たとえば、デュッセルドルフの州立美術館K20の「すべての人間は芸術家だ:ヨーゼフ・ボイスと一緒に行う世界政策の訓練」では、環境破壊、難民・国境問題、資本主義からの脱却など、ボイスが提起した12の課題に対して、現代の活動家やアーティストたちが具体的にどのように取り組み発信しているかを紹介する。
また、現代音楽ユニットの“アンサンブル・クラッシュ“は、音楽と造形芸術の結びつきを重視したボイスの「地球ピアノ(Erdklavier)」の概念を引き継ぎ、今回のプロジェクトのための新作を含む現代音楽を6会場で演奏。日本ではゲーテ・インスティテュート東京が、アジアの参加者で構成されるアートプロジェクト「BEUYS ON/OFF」を、オンラインで発信中だ。ボイスは今もなお 生きて活動を続けている。