世界各地で抗議活動取材に強まる弾圧、取材環境の悪化に危機意識が必要
ミャンマーで日本人ジャーナリスト訴追される
軍隊がクーデターを起こし、権力を掌握したミャンマー。抗議する市民を取材していたミャンマー在住の日本人ジャーナリストが、2021年4月18日に逮捕され、身柄をヤンゴン郊外の主として政治囚を収容するインセイン刑務所に送られ、訴追された。(追記:現地大使館によれば5月3日起訴されたと伝えられている)
逮捕されたのは、元日本経済新聞社の記者で、ヤンゴンに住むフリーのジャーナリスト北角裕樹氏(45歳)。軍隊のクーデターに抗議する市民の取材を続け、2月26日に一度拘束されている。この時は、その日のうちに釈放された。
ジャーナリスト保護委員会(CPJ、本部:ニューヨーク)によれば、北角氏は18日夜に武装した兵士に自宅に踏み込まれ、連行された。北角氏は、フェイクニュースを国外に発信した容疑で逮捕されたという。ミャンマーの刑法505条は、治安部隊を動揺させたり、反乱をあおる情報、フェイクニュースを配信したりすることを禁じており、有罪となれば、最高3年の懲役刑が科せられる。
2021年2月1日、突然軍部によるクーデターが起こった際の警察によるバリケード by One News, MHuw, CC.BY3.0
国際ジャーナリスト連盟(IFJ、本部:ブリュッセル)は2021年4月19日、直ちに北角氏の釈放を要求するメッセージを発し、国際社会に呼びかけた。日本国内でも、北角氏と旧知のジャーナリストたちが、早期解放を訴えて署名活動を始めている。
CPJによれば、デモの取材現場で拘束されたのではなく自宅に踏み込まれたのは、政治的意図から狙われていた可能性が強いという。このため北角氏の解放には、日本政府の外交力に頼るしかないが、CPJによれば、拘禁中は駐ミャンマー日本大使も面会を許可されないという。複数のニュースが伝えるところでは、駐ミャンマー日本大使が4月23日に強く申しれて電話連絡に成功。北角さんの健康に問題はなかったという。
ロシア、反プーチン・デモ取材の57人拘束
ミャンマーの軍事政権のように、政権批判をするジャーナリストを迫害し、弾圧するケースは、2017年頃から世界的に増えており、IFJは注意を呼びかけていた。いくつかの例をあげよう。
ロシアでは、プーチン大統領への市民の反発が近年強まっている。人気のある野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏がロシア国内で毒を盛られ、ドイツで治療を受けて一命を取りとめた事件があった。治療が終わり、ナワリヌイ氏は帰国したが、すぐに拘束された。
これに抗議するデモが2021年1月23日、ロシアの110以上の都市で行われ、約11万人が参加した。現在、同氏は、監獄内でハンガーストライキを行い、極めて危険な状況に陥っていると伝えられている。
IFJに加盟するロシア・ジャーナリスト連盟によると、プーチン政権は警官隊を動員してデモを鎮圧し、デモ参加者3500人以上を拘束したという。
この抗議活動を取材していた記者やカメラマンが少なくとも57人が暴行され、カメラを壊された。拘束されたジャーナリストは多数にのぼったが、正確な数字は把握できなかったという。
ロシアでは2020年6月に、国防問題に関して最も詳しい著名な記者が国家反逆罪で告発される事件が起きている。書いた記事が原因だと言われているが、ロシアで記者が国家反逆罪で告発されるのは20年ぶりのことだという。告発に抗議するメディア関係者のデモがモスクワで行われ、この際も20人が拘束された。
また、2020年10月には、独立系メディア「コザ・プレス」の女性編集長が焼身自殺した。反政府運動の取材を継続していた彼女は、自殺の前日に警察の家宅捜索を受けていた。自殺する直前に「私の死はロシア連邦への抗議だ」とフェイスブックに書き残していた。
香港、反政府系新聞の創業者に実刑判決
2020年6月30日に「香港国家安全維持法」が成立し、実質1国2制度が崩壊した香港。民主化を要求して最後まで香港政府批判の記事を掲載していた香港紙「アップルデイリー」の創業者、ジミー・ライ氏に対し、裁判所は2021年4月16日、禁固1年2カ月の実刑判決を言い渡した。
BBCニュースによると、ジミー氏は2019年8月の香港政府に抗議する未許可デモに関わった罪で起訴され、有罪となった。
「香港国家安全維持法」成立以降は、メディアに対する弾圧は厳しさを増し、イギリスのITVニュースによれば、同社と契約していたフリーの記者が外国勢力との共同謀議の容疑で拘束されるなど、外国のメディアも例外ではなく、検挙の対象とされている。
2021年4月22日には、2019年に抗議デモ参加者を襲撃した警察を批判的に報道した公共放送RTHKの番組制作者が6000香港ドル(日本円換算約8万円)の罰金刑を言い渡された。IFJに加盟している香港記者協会(HJKA)によると、番組制作の過程で、事件関係の車の所有者を確かめようとナンバー照会をしたことが「道路交通条例」違反に問われたという。HJKAによると、ナンバー照会は香港では通常の取材方法だという。
香港の民主化要求デモは、2019年3月に「逃亡犯条例改正案」、つまり容疑者を中国に引き渡せるようにする法改正をきっかけに始まり、2019年6月9日のデモには主催者発表で100万人を超える市民が参加した。
こうした市民の抗議運動は、当初はメディアによって外国にも発信されていたが、治安当局によるメディア規制は次第に強化された。
HJKAが2019年12月6日に公表した取材妨害状況によると、抗議運動が始まって以降の6カ月間にメディアに対する不当な圧力や拘束、催涙弾攻撃などは108件以上で、警官隊が発射したゴム弾によってインドネシアの女性記者が右目を失明した。そのほか、外国人ジャーナリストへの国外退去強要もあったという。
ベラルーシ大統領選挙の抗議行動でメディアを弾圧
ベラルーシでは2020年8月に大統領選挙が行われた。ルカシェンコ氏が1994年の大統領就任以降、強権政治を行っており、6選を果たしたと発表した。しかし、民主派の市民たちは選挙に不正があったとして認めず、労働者がストライキを決行。国営テレビ局でも職員が報道の自由を求める抗議を表明した。
欧州ジャーナリスト連盟(EFJ、本部ブリュッセル)によれば、大統領選挙取材に関して、首都ミンスクや地方都市モギレフなどで取材妨害があり19人が拘束され、その後の抗議デモ取材で46人が拘束された。例えばロシアのテレビ局の記者とカメラマンは、ルカシェンコ氏の対立候補にインタビューしたあと拘束され国外退去処分となった。また、AP通信のカメラマンは、抗議集会を取材していたところ、治安部隊に暴行され、大けがをした。
市民の抗議運動はルカシェンコ氏の大統領辞任を求めて長期間続いた。ルカシェンコ氏はロシアの支援でなんとか抗議運動を抑え込んでいるが、メディアへの弾圧はその後も続いており、2021年2月16日には、ベラルーシ・ジャーナリスト連盟の事務局を家宅捜索するという異例の事態が発生した。
容疑は「公序良俗に反する行為を支援した」というもので、ジャーナリスト1人が拘束された。EFJは、治安当局が大統領辞任を求める抗議運動の資金源を突き止めるための情報を取るためではないかと見ている。
抗議活動取材への暴力急増、ユネスコが報告書
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は2020年9月14日、市民の抗議活動を取材していたジャーナリストに対して治安部隊や警察が不当に暴力をふるったり、拘束したりしている実態調査の結果を発表した。
それによると、当局の不当な暴力に対するメディアからの抗議件数は、2015年には15件だったが、2019年には32件、2020年には6月までの半年間に21件を数え、この5年半の間の総件数は65カ国で125件にのぼっている。
治安部隊はデモ隊鎮圧のために、ゴム弾やコショウ弾を使用しているが、10人のジャーナリストが死亡しているほか、失明した人もいる。ミャンマーの場合は、抗議活動の弾圧に軍隊が実弾を使用しており、人権問題だとIFJは厳しく非難している。
ユネスコは、こうした事態は報道の自由に対する大きな脅威となっており、各国の政権に、報道取材への対応に配慮するよう求めている。
メディアへの攻撃の増加はEU域内でも顕著で、EFJや国境なき記者団(RSF、本部:パリ)などでつくる「ヨーロッパ報道の自由協議会」が2019年12月20日に公表した資料によると、2014年からの5年間にEU域内で起きたメディアに対する攻撃は256件に達し、このうち60%は警察など公的機関によるものであった。記者やカメラマンが殺害された事件は14件となっている。
ジャーナリストに危機意識を呼びかけるIFJ
トルコやカンボジア、イラン、エジプト、フィリピンなど多くの国で、政権批判のジャーナリストが迫害されている。IFJやRSF、CPJなどのメディア団体は、事件が起きるたびに、取材への配慮を求め、拘束されたジャーナリストの釈放を求める声明を出している。国際世論に訴えるためである。
しかし、強権政治の国で政権側の配慮を期待するのは難しいのが実情である。それでも、ジャーナリストは事実を報道しなければならない。「危険をおかしてでも」との使命感を持つ人は少なくない。
IFJは、政権側によるなりふり構わぬ弾圧に危機意識を持つ必要があると強調する。紛争地の取材では、自分は外国メディアだから安全だろうという安易な意識は通用しない。個々のジャーナリストが安全確保意識を徹底し、安全装備の着用によって、危険を減らすしかないとIFJは言う。
<トップ写真:国際ジャーナリスト協会東京事務所のボードに貼られた北角氏拘束を伝える新聞記事 ©Okuda>