ここドイツからたった2000キロしか離れていないウクライナの空に、空爆で破壊され炎上する建物から立ち昇る黒煙が消えていく。
市民が夕べの安らぎを得ていた家々や、科学技術を投入して建設された産業施設が、あっけなく破壊され、灰色の瓦礫となって四散する。激しい攻撃を受ける各都市から発信され続ける映像は、絶句を強いられる惨たらしさと、故郷を奪われた市民の絶望とを、痛いほど伝えてくる。
この狂気の戦争の舞台となっているウクライナやロシアは地球の穀倉地帯とも呼ばれ、この戦禍が長引けば穀物危機を引き起こすと懸念させる。そんな最中にあって、いや、だからこそ、私たちは地球のため、そして人類全体のウェルビーングのために新しい行動規範が必要であることを、あらためて自覚するべきだろう。そう強く感じている。私たちのこれまでの歩みに過誤があったことが、この戦争の原因の一つかもしれないのだから。
恐るべき食品廃棄の現実
本稿では、食品廃棄の問題と、それを少しでも食い止めようとドイツで行動している実践例をみてみたい。
国連が2030年までに達成しようと掲げる17の「持続可能な開発目標」(SDGs)の中に、「つくる責任つかう責任」(目標12)というものがある。つまり、持続可能であることを前提に、生産と消費を行うことだ。
国連の持続可能な開発目標SDGs
この目標をより具体的に達成しやすいように掲げられたターゲットの中には、天然資源の持続可能な管理や、発展途上国への支援などと並んで、食品ロス削減も挙げられており、「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる」とある。EUでは、欧州委員会が、今年末までに食品の「賞味期限」「消費期限」の定義を見直し、2023年末までに具体的な食料廃棄削減目標を設定することを提言している。
では、現状はどうだろうか。国連環境計画(UNEP)の調べによると、家庭やレストランで、食べられないまま捨てられていく食品の量は、2019年には推定9億3100万トンに上った。これは実に、消費者が入手可能な食品総量の17%にあたる。しかも、バリューチェーンの川上にある生産・加工・流通段階での廃棄分も併せると、食品全体の3分の1が廃棄されたという。
この数字を見て、暗澹たる気持ちになるのは、私だけではないだろう。なぜ、こんな無駄が当たり前になっているのか。どうしたら食品廃棄を減らせるのか。自宅で毎食後、残った食材や料理を冷蔵庫に移しながら、自分の貢献が本当に微々たるものであることを意識すると同時に、生産者から食卓までの長く複雑なバリューチェーンが一朝一夕に変わることはできないのだと感じると、無力感に襲われてしまう。
生態系の一部である人間を意識する
そもそも、私たちの食べ物は、すべて自然がくれるもの。食べ物がなければ、私たちは生存できない。食品ロスを減らすことができれば、エコロジカル・フットプリント(※)を減らす効果だけでなく、私たちが生きるための糧(かて)を与えてくれる自然への感謝の気持ちも高まる。人間は生態系に養ってもらっているのだ。また、食べ物を大切に扱うことは、食品が食卓に届くまでの流通段階に消費されたエネルギーと、そこに投入された労働にも思いを馳せることでもある。
心ある市民が食べ残しを出さないように家庭で地道な努力を続ける一方で、流通段階での食品廃棄を少しでも食い止めるため、ヨーロッパでは志をもつ若い起業家たちがいち早く動き始めていた。世界中でSDGsが声高に叫ばれる、ずっと以前のことだ。そのひとりが、ドイツで「サープラス」を運営しているラファエル・フェルマーである。
ラファエル・フェルマー。次の目標は、余剰食品から自社ブランド品を製造し、大手スーパーで販売すること(写真提供:SIRPLUS ©︎Hassan Hakim8)
フェルマーは1983年、ベルリン生まれ。小学校低学年で環境問題に目覚めてグリーンピースなどの活動に参加し始め、お腹いっぱい食べられる先進国の自分と、餓死していく発展途上国の子供たちが同時に存在することの不公平を意識しながら育った。大人になる過程で、環境破壊や社会問題の多くが、貨幣経済と行き過ぎた消費行動に起因すると確信。お金がなくても幸せに生きられることを証明するため、オランダからメキシコまで仲間たちと無銭旅行を敢行する。1年近くかけて目的地に着くまで、ヒッチハイクした車の数は500台に上った。
この旅の間に、フェルマーは自分の確信をさらに強めた。当時27歳だった。「人間がお金を介さず何かを共有するほうが、相手と親密な関係を築ける。みんなが僕たちの意図を理解して、純粋な気持ちで車に乗せてくれた」。2014年にフェルマーと会った時、彼はそう話していた。「どんな人の中にも、必ず良い意思が眠っているんだ」。この経験をもとに、彼はドイツに戻ってからも、お金を持たない生活を5年半続けたのだった。
スーパーの廃棄用コンテナから食物を救う
フェルマーが「マネーストライキ」を始めたのは、地球環境や発展途上国への目線を持たないまま発達し続けた資本主義と、それを支えた無軌道な消費活動を両輪とする社会のあり方に警鐘を鳴らすためだ。すぐに新品を買うのではなく、既存のものをなるべく捨てずに活用すれば、モノを廃棄せずにすませたり、廃棄を遅らせたりすることができる。そうすれば、エコロジカル・フットプリントを減らせる。
知り合いから古着を譲り受け、粗大ゴミから家具を調達する一方で、フェルマーは「食品救済」を始めた。スーパーや小売店では、毎日閉店後に大量の食品が処分されている。賞味期限が切れた生鮮食品、売れ残った野菜、包装の破れた乾物などが、毎晩閉店後に店外のゴミコンテナに山ほど捨てられることを、フェルマーは知っていた。懐中電灯を手に、夜な夜なコンテナのふたを開け、捨てられた食品をひとつひとつ点検し、まだ賞味できるものを取り出し持ち帰る生活が始まった。その量は、自分と家族が消費し、多数の知り合いに配っても、まだ余るほどだったという。
食品を無償提供するパートナー事業者の「ビオカンパニー」と、回収を担当する「フードセーバー」(写真提供:Foodsharing)
ドイツでは、フランスのように食料廃棄を禁止する法規がまだ整備されていない。それでいて、小売店のゴミ・コンテナから物を取り出して私物化することは違法だ。そこで、フェルマーは店舗に声をかけた。食品廃棄の問題を一緒に解決しよう、と。店が廃棄を決めても、まだ安全に食べられる食品なら、喜んで引き取る人がいる。店にとっては廃棄処分コストが削減できる。そして何より、ゴミが減れば生態系への負荷を減らせる。フェルマーの信念に、オーガニック食品スーパー「ビオカンパニー」(ベルリン)が共鳴して、協力を申し出た。そこから、廃棄前の食品を回収し、それを希望する人に無料配布する「フードシェアリング」が立ち上がっていった。2012年のことだ。
ケルン大聖堂前で行われたフードシェアリングの啓蒙イベント(写真提供:Foodsharing)
食品救済に共鳴してつながる事業者と消費者
フードシェアリングは、余剰食品とそれを必要とする人のマッチングサイトだ。立ち上げから10年、いまでは11,000以上の事業者(スーパー、小売店、農家など)がフードシェアリングと正式に提携し、売れ残りや賞味期限切れなどの理由で廃棄する予定だった食品を、毎日無料で提供している。
事業者からこれを回収して所定の配布場所に運ぶのは、「フードセーバー」と呼ばれる1万人以上のボランティアたち。届けられた食品の情報は地域別にネット掲載され、登録済みの利用者(フードシェアラーと呼ばれる)が予約して引き取りに行く。ネットワークはスイスやオーストリアにも広がり、45万人が利用する規模に成長、これまでに救済した食品の量は66,000トンに上る。
最もエコな輸送手段、自転車で食品をピックアップする((写真提供:Foodsharing)
フードシェアリングの成功に力を得たフェルマーは、2017年、さらに新しいビジネスモデル「サープラス」(SiRPLUS、余剰=surplusと掛け合わせた造語)を立ち上げた。
サープラスは、事業者が廃棄を決めた食品を買い取り、ネットショップで販売する。小売店が賞味期限切れ直前または切れてしまった食品を売りたがらないのは、この期日を境に、品質保証責任がメーカーから流通業者に移るからだ。サープラスはその責任を引き受け、栄養士などで構成する品質管理チームが試食した安全な食品だけを販売する。仕入れ値が非常に低いため、品目によっては売り値を一般小売価格の20%にまで抑えることが可能だ。設立から5年目に入り、メトロ、ダノンなどを含むパートナー事業者は700社まで増え、利用者数は累計12万人を超えた。
無料で食品を流通させ、運営に関わる人もボランティアであるフードシェアリングと異なり、サープラスは利益を上げる会社組織だ。それでも同社の事業には、フェルマーの食品救済の経験を反映し、徹底したモラルが貫かれている。
志を同じくする事業とは競合せず、補完する
廃棄前食品の活用は、フードシェアリングやサープラスの活動が始まるずっと前から、すでにフードバンクが展開していた。フードバンクは1960年代にアメリカでスタートして世界に広がり、ドイツでも「ターフェル」(“Tafel”=食卓)の名称で現在950カ所を拠点に、年間26万トンの食品を救済している。事業者が廃棄を決めた食品の寄贈を受け、これを必要とする施設や困窮者に無償提供する活動だ。
伝統あるドイツのフードバンク。各地での運営はボランティアが中心だ
写真: Thomas Lohnes | Getty Images Tafel Schweinfurt e.V., Tafel Deutschland e.V.
サープラスの事業は、先発のフードバンクとも、フードシェアリングとも競合せず、むしろ補完し連動することを目的に始まった。両者の活動を尊重するからだ。たとえば、食品の回収先に関する明確な棲み分けがある。フードバンクの食品回収先は、主に大手スーパーやベーカリーチェーンである。フードシェアリングはこれに配慮し、大手でなく中小規模の小売店や事業者を対象に回収を行い、フードバンクが引き取りを行わない日だけ大手からもピックアップする。サープラスは、両者に次ぐ第3の引き取り先として、フードバンクとフードシェアリングが何らかの理由でその日に回収しなかった食品、たとえば事業者でなお大量に残った食品や季節商品、デポジットつき飲料などを仕入れる。
スウェーデン国会の前でたった一人で学校ストライキを始めたグレタ・トゥンベリ。同様にたった1人でフェルマーが始めた食品救済のための活動は、多くの人の賛同を得て発展してきた。サープラスは、活動をより大きな規模で、さらに加速するためのプロジェクトだ。「温室効果ガスを大幅に削減し、不必要な資源の浪費を減らすために、人類に残された時間はそう長くない。だからこそ、小さな一歩ではなく大きな一歩を踏み出したい」とフェルマーは考える。
残された時間は長くない。資本を蓄えて活動を加速
サープラスを企業組織としたのは、加速度的に進めなければ間に合わないと考えたためだ。顧客拡大と並行して資本を蓄え、インフラを構築することが、さらに大量の食品救済の決め手になる。創立以来の理解ある出資者たちが今日も支援を続ける一方、クラウドファンディングで個人の小口投資も熱心に呼びかける。集まった資金で開店した実店舗が、コロナ禍や労務管理問題でやむなく閉店する困難も経験しながら、次はフランチャイズの立ち上げ、自社ブランド食品“SIRPLUS”の製造に向けて、新たに戦略を練る毎日だ。
サープラスが販売するオーガニックとヴィーガン食品だけの詰め合わせパック(写真提供SIRPLUS)
フェルマーに会ったとき、物静かな、微笑みを絶やさない、それでいて自分のミッションを熱く語って止まない人柄に引き込まれた。環境破壊が容赦なく進行する中、私たちはともすれば暗い未来像を描きがちだ。でも、フェルマーは明るかった。彼のポジティブな波動が、賛同者をどんどん引きつけ、その後の活動を加速させたのに違いない。資本主義に抗するレジスタンスだったフェルマーはいま、資本主義の枠組みの中できちんとルールを守りつつ、彼本来の哲学に忠実にお金を介した事業を再解釈し、ネット社会の利点を最大限に生かして変革へと挑み続けている。
バリューチェーン川下の私たちも、食習慣、買い物、調理法、保存など、食事に関する行為全般を知的に見直して、食料廃棄削減に参加していきたいと思う。
※エコロジカル・フットプリント:人間のひとつひとつの活動が地球環境にかけている負荷の大きさを図る指標で、使用する資源の再生産と、廃棄物の浄化に必要な面積を表すもの。