2015年、欧州の難民危機については、日本のメディアでも、報道頻度が増え、ある程度知られるようになった。しかし、欧州内のある国の、ある時点での速報性や現場感を断片的に伝えるものがほとんど。センセーショナルではあっても、欧州連合(EU)としての対応も含め、歴史的、地域的な解説を含めた俯瞰的体系的な理解のベースとなるものは少ない。ここでは、やや長くなるが、今後、欧州難民危機関連の新たな展開があったとき、いつでも戻ってこられる体系的情報を何回かにわけて整理しておこう。
INDEX
- 内側から観る欧州難民危機(前編) : 難民は、なぜ欧州を目指すのか?
- 内側から観る欧州難民危機(中編) : 欧州はこの危機にどう対応しようとしているのか
- 内側から観る欧州難民危機(後編) : 欧州難民危機、これからの行方
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後編: 欧州難民危機、これからの行方
今、欧州へ向かう難民とはいったいどういう人たちなのか
ステレオタイプな難民像といえば、情報とは無縁で無一文の流浪の民を想像しないだろうか。ところが、現在大挙して流入する難民の多くは、仲介業者にかなり大きな費用を払って、ボートや列車を手配してもらって移動し、スマホを駆使して情報を得ながら、まとまって行動する。沿岸警備作戦や海軍などによる監視と言うと、まるで難民を取り締まるように錯覚しがちだが、取り締まる対象は「悪徳密航業者」だ。頼りないゴムボートに鮨詰めに乗せられた難民たちは、仲介業者から、警備船が近づいてきたら、ボートを意図的に転覆させるように指示されている。このため、警備隊は、難民たちが遭難することのないように、遠巻きにして護送するしかないのが現状だ。人道上、手出しすることも、追い返すこともできないとはいえ、EU加盟国の岸辺に漂着する際限のない難民たちを、いったいどうしたらよいというのだろうか。
シリアのパスポートが優遇されると聞けば、偽造や窃盗が多発し、難民内部での摩擦も少なくない。難民の大半は、若い独身男性だ。夢と現実のギャップに直面した、やりどころのないエネルギーは爆発しやすいとささやかれる。年末には、ドイツのいくつかの都市で、多くの暴行事件が明るみにでた。
フランスやベルギーの北海沿岸に、英国へ渡航しようと待機している数千人もの難民が、「ジャングル」と呼ばれる無法テント村を形成している。EU加盟国であっても、シェンゲン協定に入っていない英国とフランスとのシェンゲン境界は、取り決めでフランス側にあることになっている。フランス政府は、難民に英国への渡航をあきらめて、フランスで庇護申請し、審査を受けるよう働きかけているが、彼らはそれを拒否し続けている。彼らが英国をユートピアとみなすのは、英語が通じること、すでに親族や友人が多く住みついていること、そして仕事が得やすいと考えらえていることが理由だという。密航業者は、すでにかなり疲弊している難民から、さらに多額の資金を取って、あの手この手で危険な違法渡航を企てる。地元の漁師を懐柔し、夜間の真っ暗なドーバー海峡を小さな漁船で密かに渡らせたり、深夜に貨物トラックを無理やり止めて運転手を脅し、多数の難民を荷台に飛び乗らせたりと、ゲリラのような密航が繰り返されている。窃盗や暴行が横行し、地元の治安は悪化。観光客の足が遠のいた海辺の町は困窮する。「フランス政府がテント村を強制撤去」というニュースが伝えられると、「非道なフランスが、哀れな難民を露頭に迷わせている」かのように受けとられていないだろうか。そうでもしなければ政府が用意した難民施設に移り住まわせることができないための、苦肉の強硬手段であることはあまり報じられない。だが、こうして一旦は仮設住宅に移り住んだ難民の多くは、英国への夢を断ち切れず、再びジャングルに舞い戻ってしまうことも少なくないという。
「経済難民」という言葉は、まるでお金だけを目当てに難民のふりをするずるがしこい人々のように聞こえないだろうか。世界には、難民と認められる要件は満たさないものの、経済的に困窮する人々は少なくない。バルカン半島のコソボやマセドニア、イラクやイランなどから、より良い職や教育を求めて欧州に移り住もうとする人々がシリア難民の群れに多数加わっている。庇護申請や審査の過程で、こうした「難民要件を満たさない人々」を見分け、説得して、帰還を促すのはまた、気の遠くなるような作業だ。ISは大挙する難民の中に、多数のテロリストを紛れ込ませたとせせら笑っていたが、実際に2015年11月パリのテロでも、2016年3月のブリュッセルのテロでも、犯行グループの中に、難民に紛れ込んで欧州に渡ったらしき人物が含まれていた。恐怖は現実となった。
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EU加盟国は難民問題で急激に右傾化し、欧州の連帯は危機に瀕しているのか。
陸路で欧州を旅行した人ならわかるはずだが、欧州内は、シェンゲン協定によって合意国間(2008年より25カ国)に国境検査がない。シェンゲンの外(たとえば、日本やスイス)からシェンゲン内に入るには、入国審査があり、正当なビザや居住証明のない人は入ることができない。飛行機で一人ひとり入国審査を通過することや、自動車で一台一台検問所を通過するなら、こうした管理は十分可能だ。ところが、陸路や海路でのシェンゲン圏境にあたる、イタリアやギリシャやハンガリーには、国境沿いに頑強な防護壁が張り巡らされているわけではない。船や徒歩で、数千人の人が「数」を盾に一気に押し寄せれば、人権上の理由からも、武力で押し返すことも妨害することもできない。さらに、一旦域内に入り、どこかで難民登録を済ませれば、審査決定が下されるまでは合法的にそこに留まることができ、国境検問はないから、実際はどこへも移動できてしまう。
ユンカー委員長は、2015年5月と9月に、「移民・難民アジェンダ」(難民問題政策)の緊急施策を発表し、2020年までの多次年予算における70億ユーロに加えて7,000万ユーロ超を追加投入し、シリア周辺国支援にも約60億ユーロの支援を拠出すると発表した。パンク状態にあるギリシャ、イタリアから移送して、計16万人を加盟国が分担して受け入れることを提案し合意にこぎ着けた。受け入れ数は、各国の人口、GDP(国内総生産)、過去の庇護申請平均数、失業率などから算出されるが、ドイツ、フランスなどが最多割り当て数となるのは必至だ。
確かに欧州の一部の国では、人口減を見越して移民による労働力確保を狙う国もあるが、難民受け入れは打算だけではできない。いくら高潔なリーダーが旗を振ったとしても、市民の中に、長期的展望に立った、共に、明日の社会を築いていこうという強い互助連帯感や人権擁護などのしっかりした信念がなければできることではない。自国の都合だけを考えて、「難民は要りません。でもお金なら出します」と演説して顰蹙を買うようなリーダーでは誰もついていくことはできまい。2016年に入り、数百万人のシリア難民を抱えるトルコへの個別支援協議が活発に進められ、シェンゲン圏の対外国境管理を強化して、迅速な緊急対応を可能にするためにFRONTEXを進化させた欧州国境警備機構が整備されつつある。
欧州は一枚板で、難民問題に対処しているのかというと、問題はそう単純ではない。
蓋を開けてみれば、16万人に移管計画は、2016年3月現在、8か月を経過して、実際に移管されたのは、まだ、たった500人程度だという。難民が行きたい国と、受け入れたい国のすり合わせは簡単なわけもない。
万策尽きたハンガリーは防壁を作り、デンマークはシェンゲン圏の一時放棄を宣言して国境検査を開始。英国は、入国審査が便宜上シェンゲン側にあることを理由に、難民の流出を断固として防ぐように勧告している。ドイツでは、昨年から今年にかけて起こった暴動への難民関与を疑う市民たちが危機感を強め、「難民受け入れに制限なし」と宣言したメルケル首相は窮地に立たされているとの報道が目につく。ドイツは難民政策を軌道修正し、欧州は急激に右傾化しているのだろうか。
ドイツ・デュッセルドルフ郊外の難民住居施設を訪れた際、難民担当のフランク・グリース氏はこう語ってくれた。「極右グループ・ペギーダが繰り出して、イスラム系難民に反対する集会を行った日の翌日は、必ずその倍は市民が、難民支援を訴えてデモを行うのですが、メディアはそれをあまり伝えないのです」と。たとえ、右傾化が進むといわれ、メルケル首相への風当たりがどんなに強くなっても、かつてのナチス暴走に対する徹底的反省を基に構築された今日のドイツ社会には、難民を追い返すという選択肢はないのだと市民社会の大半は知っている。
暖かくなるにつれて今年も難民危機が再燃するのは間違えない。しかし、冬の数か月の間に、外交交渉で、組織拡充で、欧州はできる限りの施策を地道に続けてきている。テロの恐怖におびえる欧州ではあるが、難民対応に困窮するギリシャやハンガリーを欧州社会は見捨てはしない。疲れ切った難民たちを、欧州は追い返しはしない。
トップ画像:船でギリシャの離島に漂着した難民のボート ©European Union 2015
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