プーチンによるウクライナ侵攻が4週間目に入ろうとしている。侵攻と惨劇が常態化し始めた今、日本の有識者の中では、「情報がウクライナ側に偏り過ぎている」「ロシアの立場も理解しないと」といった中立的視点も伝えられるようになった。いつもと同じ安全な日常を過ごせる遠くからの、沈着冷静な客観的正論だと思う。だが、欧州にとっては、隣家に爆弾が落とされ続けていて、燃え盛っているわけで、それぞれの言い分や過去に逆戻った経緯を熟考する前に、助けを求める命を一人でも多く助け出すしか道はない。
沈着冷静な方々の多くは、「欧米メディア」として、CNNとBBCばかりを追っている場合が多い。日本同様、遠い外国から俯瞰しているアメリカと、ウクライナ避難民受け入れを固辞している英国が伝えることが欧州の視点を代表しているとは思えない。
英語発信の欧州メディアはドイツやフランスの公共放送などいくらでもあるのに、なぜここまで日本の識者はCNNとBBCを欧米メディア代表だと思いこんでいるのだろう。遠方からの客観的な視点も必要だが、欧州の当事者感は伝わらない。
世界を巻き込むあっと驚く出来事には既視感がある。少し前では、9.11や3.11。直近ではコロナ禍。SNSのおかげか、最近では、日本人の間でも、もっともらしい陰謀論者が愕然と増えた。こうした人々の共通点は、フクシマやモリカケサクラでは日本当局の隠ぺい・改ざん体質に批判的なこと。それが発展して、体制側や多数派には極めて懐疑的で、大衆はその「謀略」に振り回される愚か者と映るらしい。今回のウクライナでは、これは西側が結託した壮大な陰謀だとか、ゼレンスキーやウクライナ人による自作自演だともいうし、コロナ禍はカネの亡者の大製薬メーカーと政治家によるワクチン利権に操られているだけだと。敵の敵は見方ということで、巨万の富を持つプーチンやトランプとはいやに親和性が高い。
では、CNNやBBCとも、陰謀論者とも一線を画した「普通」の欧州人は今、何を考えてどう行動しているのだろう。
ブリュッセル見本市会場の倉庫にできたウクライナ支援物資の緊急配送センターから毎日のようにウクライナに直行するトラックが出ている©Zoia
欧州はウクライナと地続きでEUやNATOの本部があるブリュッセルからたった2000キロしか離れていない。車なら1泊2日の距離だ。
日本では実感しにくいかもしれないが、冷戦下にソ連の一部だった国々(エストニア、ラトビア、リトアニア、それにウクライナ、モルドバ、ジョージアなど)や旧東欧諸国(ポーランド、ハンガリー、スロバキア、ルーマニアなど)の人々は、皮肉なことに皆、ロシア語ができて、仲間意識も強い。
こうした国々の人々や、さらにロシア人でさえも、欧州中にどこにでもごく当たり前に同じ市民として生きているのが今日の欧州だ。
娘の学校のクラスメートには、ロシア人もウクライナ人もいたし、今、私の周りにも、ポーランド人、スロバキア人、ルーマニア人、リトアニア人、ラトビア人、エストニア人などが、友人として親族の一員として、あまりにも普通に肩を並べて住んでいる。日本でも、ここ数日、在日ロシア人やウクライナ人のYouTuberなどが出てきて複雑な心境を切々と語ってはいるが、欧州における混ざり具合は日本の比ではないのだ。
そんな隣人の家族・友人・知人が今、戦禍を逃げまどっている。プーチンの言い分やロシア側の歴史感を議論する前に、「当事者」として痛み、怒り、悲しみ、連帯して行動するモチベーションは現実として日本やアメリカとは異次元だ。
「シリアやアフリカ難民には冷たかった欧州はダブルスタンダードではないか」と非難されようと、今回は当事者なわけだし、目の前で命の危険にさらされて逃げてくるのは女性、子ども、高齢者、障害者などの弱者ばかりなのだから、難民の庇護要件を精査するまでもない。だが、振り返ると、欧州のフツーの人が当事者意識をもって想像し、感じ、行動するエンパシーが及ぶ範囲は今回のこと以前から相当に広いと私は感じてきた。
第二次大戦や朝鮮戦争の惨状報道から、大量の孤児が養子として欧州家庭に迎えられたのは市民による戦争責任からだという。フクシマ事故の際も、あの水素爆発の映像を当の日本より早く目の当たりにした欧州の人々は、見も知らぬ人が道行く私を呼び止めて涙し、日本からの難民を受け入れようと申し出てくれたことも一度ではなかった。
ウクライナは欧州有数の大国。ポーランドばかりか、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアと国境を接する。ロシアはさらにバルト三国やフィンランドとも国境を接する 赤点はZoiaさんの故郷ヴィニィツィア Google Mapより作成
今回のウクライナ危機では、すでに200万人以上が逃げ込んだポーランドは大混乱しているかのように伝えられがちだが、その組織力は見事なもので、大半が避難所ではなく受け入れ家庭や宿泊施設に送られ、そこから改めて、家族や知人のいる次の目的国へ向かうようになっている。
ハンガリーやスロバキアやルーマニアへ逃れるウクライナ人も多いし、実は、バルト三国やフィンランドへ逃れるロシア人の若者も少なくないことは日本でも伝えられているだろうか。直行列車に乗れば、あるいは川を越えれば、ロシア人の若者にとってさえも、EUはすぐに到達できる距離感なのだ。
2000キロ離れたベルギーでも、全国の市町村、支援団体のコンソーシアム、有志グループが、2月24日以来、毎日毎日様々な物資支援や寄付活動を展開し続けている。人口1100万強のベルギーは当初2万5000人を受け入れるとしていたが、その数はどんどん上方修正されている。国連がウクライナの国外避難者700万人超と予想する今、最終的には10万人規模の避難者を受け入れることになるかもしれない。我が家も名乗りをあげた。友人の家には今日ウクライナ避難者が着いたという。いつまで? 健康保険は? 子どもの学校は?など不安はあるが、雨露をしのぐ屋根と暖かい食事くらいは分かち合えるだろうから。
ベルギー在住のウクライナ人女性ゾヤさんが、支援物資や寄付を集めている。故郷ヴィニィツィア(ウクライナ中西部の町、最近爆撃が激しくなっている)にいる家族や友人を通して実質支援しているのだ。国際赤十字やUNHCRもいいが、顔の見える人にと思うなら国際送金も可能。彼女自身が直接関わっているので、支援物資や寄付金をどこにどのように送り、何に使ったかを逐次、写真付きで報告している。
少しでも多くの人が毎日ウクライナの惨状を知り、思いを馳せ、情報を分かち合い、様々な方法で一役買ってくれることを心から願う。ロシアのメディアも西側メディアも100%正しくはないだろう。それは後日、歴史が明かすことだ。だが、たとえ遠くの出来事であっても、絶大な軍事力を持つプーチンによる一般市民の大量虐殺を許してはいけないと信じるから。
ベルギーの地元ラジオにも登場して支援を呼びかけるゾヤさん。昨日まではベルギーに生きる普通のウクライナ人だった ©Zoia
<顔の見える人に託したいという方がいれば…>
銀行名: Argenta bank(アルジェンタ銀行)
銀行所在地: Belgiëlei 49-53, 2018 Antwerpen, Belgium
口座名義: Zoia Sysoieva
IBAN(国際口座番号):BE31 9734 2651 1155
BIC: ARSPBE22