ネパールに続き、IFJ国際ジャーナリスト協会東京フリーランスユニオン会員である久野武志氏のレポートをお届けする。久野氏は、アフリカをベースとするドキュメンタリー・カメラマン。今回のレポートは、ケニアから。世界コロナ日誌では初めてのアフリカからの臨場感あふれる報告だ。
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新型コロナウィルスという、不可視な敵がこの地球に出現してから、一年半の月日が経つ。世界中が翻弄されるパンデミックが続き、今までできた事が出来なくなり、他所(よそ)の事など構ってもいられないこの日々で、私が以前住んだ地はどうなっただろう。いつも助けてくれたジャーナリストの彼らは、路上で毎日、笑顔と共にゆで卵を売っていた男は、サバンナの村でつつましく生きていた友人一家は…みんな元気だろうか。自己近辺の感染状況と、オリンピック関連しか聞かれない日本の報道の中で、届くことのない彼らの姿を確かめてみた。
ルーベン・キャマさん 職業:フリージャーナリスト ナイロビ在住
「タケシ、元気か?久しぶりだなぁ、日本はどうなってる?ワクチンは打ててるか?ここケニアはワクチン接種については極めて無計画で、混乱と諦めが混ざり合うよ。政府はまず、58歳以上か、医療・教育そして観光業関係者、ポリスなどを優先して接種しようとしているが、数が絶対的に足りていない。インド製のワクチンを輸入して1回目を始めたが、インドの感染爆発を受けてすぐにストップ。2回目どころか、次はいつ始まるかさえ誰にもわからないままさ。もっとも副作用を恐れたり、宗教的な理由で拒否する人も多い。驚くべきことに、医療関係者にさえもいる。これはケニアだけではないさ。例えばDRコンゴ(コンゴ民主共和国)や南スーダンなどは自国で使われないまま、使用期限が過ぎたワクチンを他のアフリカの国に送っている。ここにも来てるかもしれない」
ケニアでも感染対策は基本的に同じだという。マスク、手洗い、ソーシャルディスタンス。彼らはどう感じているだろう?
「どれも今までなかったものなので、そりゃみんな大変だった。まずマスク。生まれてこのかた、こんなものはしたことがなかったのに、いきなり強制だ。顔に張り付いて奇妙だし、暑い!こんなもので感染が防げるかと、半信半疑もいいとこだったけど、今は流石に多くの人が一応の納得はし始めている。タンザニアの大統領のこともあるしな(注)」
「ナイロビの街中の様子は基本的に前と変わらないよ。違いは通りを行く人がマスクをしてるだけだ。しないとポリスに捕まるからね。でもローカルな市場やスラムに一歩入れば、ほとんどの人がしていない。もっといえばクリニックのスタッフだってマスクの正しい着用を知らない。乗合いバスも街中だけは定員の半数に抑えているけど、少し離れればすぐに以前のようにぎゅうぎゅうの満席さ。これでは感染は収まらないよ」
障害のある孤児たちに食事を配るルーベン氏。人情味のある気さくな人権派ジャーナリストだ。©Takeshi KUNO
「もっとも、君も知っての通り、ケニア政府のお達しは実に傲慢で唐突で、絶対的だ。ロックダウンや夜間外出禁止令なんていつも急に出る。『明日からやれ』だ。友人はどうしてもの仕事で出歩いた夜にポリスに見つかり、『明日の朝5時までそこを動くな!』と言われたよ。結局1,000sh(約1,200円、ケニアの通貨はケニア・シリング 1sh=約1.2円)の賄賂を払って解放さ」
「学校も同じようなもので、いきなり全国一斉休校を宣言し、進級・卒業試験もなし、今年は全員留年を発表したかと思えば、教育相は『新型コロナウィルスに対応した教室など世界中どこにもないが、我々には素晴らしい気候と木陰の教室がある。外で授業を行え』などと真顔で言う。頼むからちゃんとスペースのある教室と、清潔な水を用意してくれと言いたいが、政府がそんなことするわけがない。そもそも役場はずっと閉まっている。俺の子供も一生懸命教室の床を洗剤で拭いてたけど、また休校でずっと家にいる。いつ始まるかもわからないし、無論オンライン授業なんてあるわけないよ」
ケニアでは現在まで感染者は約18万人の(人口は5257万人)、死者数は3,400人とされるが、これも例によって危うい数字である。PCR検査ができるところはごく一部の都市に限られているし、そもそも地方では死者はすぐに埋葬され、死因を調べるようなことはしない(死者の尊厳のため、詮索するようなことは嫌われる風潮もある。)にも関わらず、こういった数字が公式見解として世界に発表され、渡航規制など各国政府の判断材料となっているのは周知の通りだ。
サイディ・モハメッドさん 職業:漁業と観光業、沿岸部ワシニ島在住
もう少し他の地域、違う立場の友人に話を聞いてみよう。サイディ・モハメッド(29)はケニア南東の沿岸部ワシニ島で漁業と観光業(旅行者をシュノーケリングや国立海洋公園にガイドする仕事)を併業している。ワシニ島は人口数百人の小さな島だが、人柄の良い彼とその親族に惹かれて、休みにはいつも遊びに尋ねていたところだ。
「そりゃ楽じゃないよ」沿岸部特有の、のんびりとした挨拶の後、サイディはやや重そうに話をしてくれた。「魚の市場がからっきりだめだ。以前なら、フエフキダイはキロ250sh(約300円),タコは300sh(約360円)で卸せたのに、今はその半分以下だ」冷蔵施設はおろか、電気も通っていない島では魚は保存できない。自分たちが食べた後、廃棄になりかねない。「ツーリストも全く来ない。兄貴のホテルも含め、観光業は壊滅だよ。俺は5人目の子供が出来たのに…」
生まれてこの方、島とその周辺で生きてきた彼に、他の生き方や手段はない。無論政府の支援などあるはずもない。それでもサイディは私の記憶のまま、たくましかった。「俺たちには海がある。魚を取れば食えるし、少額でも換金すれば生活はしていける。大丈夫だ」
手作りの伝統漁具を投げ入れるサイディ。コロナ禍でも変わらず過ごしているようだった。©Takeshi Kuno
そうはいっても海に出るのにエンジンの燃料はかかるし、ボートは常に修理しなければいけない。子供もいずれ学校に行って学費もかかる。あまりにも現実的な経済という苦味と、彼らといつも車座になって手掴みで食べた食事の美味しさが、紺碧の海流のように頭の中で混ざり合う。彼らは今も変わらずその伝統的な食事を続けている。マスクはしていない。狭いモスクで一日5回、同胞とぴったりと隣り合って祈りを捧げる。島という限定された空間だが、物流による本土との人の行き来は避けられない。幸いにして、島民がバタバタと倒れたという話は聞いていない。
新型コロナウィルスが早く普通の風邪になり、彼らと固い固い握手を、そして再会の抱擁が出来る日を胸に、今を精一杯生きていきたい。
注)タンザニアのマグフリ大統領はパンデミックが始まって以降、一貫して「我が国にはコロナウィルスなど存在しない。欧米のまやかしの化身であるマスクなどする必要はない。今まで通り過ごそう。神に祈り、勤労に励もう」と国民に呼びかけ、観光のために欧州から直航便を受け入れるなど、世界が驚く対応を続けた後の2021年3月、まさかの急逝となった。コロナ感染によるものとみられている。
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<寄稿者プロフィール>
久野武志 / Takeshi KUNO
アフリカをベースとするドキュメンタリー・カメラマン 。ホームページはこちら
2006年から13年間、ナイロビを拠点に活動「戦争と人間性」をメインテーマにルポを発表。IFJ・Japanフリーランスユニオン会員 2010年IFJ日本賞を受賞
**この記事は、国際ジャーナリスト連盟(IFJ)東京フリーランスユニオン代表奥田良胤氏のご仲介で、SpeakUp Overseasにて掲載発表された。