突然のワクチン・ミックス推奨
「一次接種をアストラゼネカ製ワクチンで受けた者は、二次接種をメッセンジャーRNAワクチンで受けることを推奨する」
7月1日、ドイツの「予防接種常設委員会」が発表した上記の勧告は、ドイツ全国でアストラゼネカ製ワクチン(以下AZ)の接種を受けた者たちを混乱させた。すでにAZで接種完了してしまった者には「あとの祭り」の感が強い一方、AZで一次接種を済ませ、同じAZによる二次接種を待っている者の動揺は大きかった。実は私と夫もこのグループに属する。
委員会の勧告の背景には、新型コロナウィルスのデルタ変異株の急速な拡大がある。メッセンジャーRNA(以下mRNA)ワクチンとは、メーカーでいえばファイザー/バイオンテックとモデルナで、ウィルスの持つRNAについての技術を用いたものだ。これに対してAZは、ウィルスベクターという異なる技術を使っている。欧州医薬品局で認可されたワクチンでは、ジョンソン&ジョンソンも同じ技術によるものだ。
ドイツで投与されているワクチン、メーカー別、7月15日現在 ©Our World in Data
従来、一次と二次の接種に異なる技術のワクチンを使うことは想定されていなかったが、様々な変異株への対応策として、2種の「ワクチン・ミックス」が各国で臨床試験され、効果が認められてきた。ドイツでも5月の時点でその効力が報道されており、今回の予防接種常設委員会の勧告で大きな説得力をもつことになったわけだ。 「予防接種常設委員会」は、ドイツでは新型コロナウィルスの予防接種に関する最高権威である。その「ツルの一声」を受け、イェンス・シュパーン保健相も「ワクチン・ミックスの効果は抜群。感染予防効果が格段に高まる」と発表。それなら私だってその恩恵にあやかりたい。しかし同時に、次々と疑問が浮かんだ。
連邦保健相イェンス・シュパーン氏(写真は2019年11月のもの)©EPP under license cc-by-2.0.
質問したくても電話がつながらない
2回のAZでは変異株に対して効果が期待できないのか。効果があるとすれば何パーセント? 委員会の勧告は、接種現場に対してどの程度拘束力があるのか。もし拘束力がないなら、私たちが接種を受けた診療所はワクチン・ミックスの希望に応じてくれるのだろうか。委員会はワクチン・ミックスの勧告と同時に、一次と二次の接種間隔をAZ本来の12週間から4週間まで短縮してもよいと発表したが、私たちは一次接種を受けてからすでに8週間経っている。いますぐ二次接種を受けたほうがよいのか、12週目まで待ってもよいのか。
質問をぶつけることができる直接の窓口は、私たちが一次接種を受けた地元の診療所である。私のかかりつけ医が勤務している小さな施設だ。ドイツでは、新型コロナウィルスの予防接種は、接種を受ける人が診療所、集団接種センター、産業医、専門医の中から会場を選択することができる。一次接種と二次接種が1セットで、一次接種と同時に、同一会場での二次接種の日程も確定する。私たち夫婦のAZ接種は、5月11日が一次、12週間後の8月3日が二次、いずれもこの診療所で行われることが決まっていた。
さっそく電話してみると、自動メッセージが流れる。「ワクチンの種類については電話しないで下さい。SMSで連絡くだされば返信します」。私たちと同じように、ワクチン・ミックスを希望する者たちの問い合わせが殺到しているに違いない。翌日7月2日には、連邦保健省も全国16の州政府も、勧告に従って接種方針を変更すると発表したが、この時点でも診療所の電話回線はパンクしたままだ。
SMSを送っても返信がいつになるかわからない。私たち夫婦は集団接種センターのサイトにログインした。診療所での接種予約と並行して、集団接種センターにもアカウントを作ってあったのだ。一次と異なる会場で二次接種を受けようとする私たちの行動は、いわばマナー違反である。しかし、軽度のパニック状態にあった私たちは、診療所と情報交換できないことを言い訳に、どんどん前に進んだ。
接種センターのウェブサイトはこれまで何回もチェックしていたが、毎回「予約枠がありません」の表示ではねられていた。しかし、この日は急にワクチンの入荷数が増えたのか、すぐに予約可能日が表示される。7月7日、わずか5日後だ。しかも、このセンターではmRNAだけを扱うと表示されている。即座に「予約」ボタンを押そうとする夫を前に、私の頭の中にはさらなる疑問が矢継ぎ早に浮かんだ。
混乱、逡巡、熟考、そして行動
接種センターは診療所とデータを共有していないらしく、予約しようとすると同時に、6週間後の二次接種の予約日も提示された。1回分だけの予約はできない仕組みなのだ。でも私たちに必要なのは、あと1回のmRNAだけである。
バイオンテック/ファイザー製ワクチンのバイアル。取り方次第で、5~7回分とされている ©Taz
当日、現地でそう説明して受け入れられるのか。やはり診療所の指示に従うべきではないのか。接種センターで二次接種を受けることができたら、診療所での二次接種予約はキャンセルすることになるが、自分たちのために発注済みのAZはどうなるのか。他の希望者がいなければ廃棄されてしまうのだろうか。自分たちは、煩雑な対応に追われている接種現場を、さらに混乱させているのではないか。
逡巡した末に、私たちは接種センターでの予約を確定した。7月7日なら、私たちが一次接種を受けた5月11日から8週間経っている。両タイプのワクチンが想定する接種間隔の中間あたりなので、妥当かもしれないと勝手に解釈し、自分を納得させた。
当日、接種センターを定刻に訪ねた。5つの受付ブースが横並びになっていて、隣のブースに並んでいる人が担当者に「アストラゼネカ」「かかりつけ医」と説明している声がもれ聞こえてきた。自分たちが例外でないことがわかって、少しほっとする。私たちも事情を説明し、非難されることも追い返されることもなく、無事に接種を終えることができた。
帰宅後、すぐにSMSで診療所の二次接種予約をキャンセルする。ついでに診療所のウェブサイトをのぞいてみると、「AZで一次接種を受けた人の二次接種ワクチンは、自動的にファイザー/バイオンテック製に切り替えられます。問い合わせや予約変更は不要です」とのバナーが出ていた。結局、自分たちが空騒ぎをしたことがわかった。
コロナに支配される心理
この一件は、2つのことを私に教えた。1つは、コロナ禍が始まって以来、感染への不安がいかに自分の心理と行動を支配しているか、ということである。デルタ変異株の出現がそれに輪をかけた。従来型のコロナウィルスよりずっと感染力が強いとされるデルタ変異株への対策として、現時点で最善の対策は、2度にわたるワクチンの完全接種である。それも、新規感染件数が毎週倍増しているドイツでは、時間との競争に入っているかもしれない。その不安が私たちを追い詰め、希望のワクチンによる二次接種を前倒しするアクションに走らせたのだ。
もう1つは、自分で状況判断し、行動することへの自覚である。メディアにコロナ関連情報が氾濫している半面、この新種ウィルスについては、私たち市民はもちろん、医療関係者も十分な確証をもって対処できていない印象がある。信頼できる臨床データの数がまだ少なく、知見を積み上げるための時間も不足しているからだ。
診療所のサイトには未だに「一次と二次の接種間隔は、認可範囲内の最長期間がベスト」とある。しかし、集団接種センターの医師からは、「今日接種したのは正しい判断でしたね」と言われた。来週、来月にはまたどんな新事実が浮上するかわからない。「ワクチン・ミックスは有害でした」という報道さえ不可能ではない。気分はすっかり実験モルモットだ。
それでも私たちは、ウィルスに感染してQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を低下させるリスクと、ワクチン接種に伴うリスクを秤にかけ、自分たちの判断に従った。「様子見」を決め込むよりは積極的な対処だったと、自分では思っている。 それにしても、AZでは一次接種でさんざん悩み(前編で既報)、首を長くして待っていた二次接種でまた振り回されてしまった。コロナ感染発生以前には、ほかに考えるべきこと、やるべきことが毎日あったように思うのだが。
全人口あたりのワクチン接種状況比較、濃緑が二回接種 7月16日現在 ©Our World in Data