トランプ大統領の選挙公約であるメキシコ国境の「壁」建設予算をめぐり、昨年12月22日から始まった米国連邦政府の一部閉鎖は、史上最長の35日間続いた。
行政サービスの一時停止と言うと、労働ストライキを思い浮かべる人も多いだろうが、米国で連邦政府の閉鎖といえば、原因は政治対立だ。
35日間も政府の一部閉鎖という異常
米国では、大統領が示した予算大綱を踏まえて、連邦議会が毎年12分野で年間予算割り当て法案をつくり、大統領の署名をもってそれぞれの予算が成立する。与野党の対立や、連邦議会と大統領の対立のため、すべての年間予算を成立させることができず、部分的に短期のつなぎ予算で政府運営を続けることも珍しくない。
つなぎ予算でしのいでいる間に年間予算の成立をめざすのだが、それができずに時間切れになると、政府の閉鎖となる。というのも、合衆国法典の不足金請求禁止条項(31編1341条)で、予算不足の際は、緊急性があるもの以外は業務を停止することになっているからだ。
今回、予算失効の対象になったのは国土安全保障省、商務省、農務省、運輸省などの9省庁。これらの省庁では、必須業務以外は停止となり、職員は一時帰休。空港での運輸保安局検査官を含む必須要員は、閉鎖中でも通常業務につくことが義務付けられているが、閉鎖が解除されるまで給与は支払われない。
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選挙公約の「壁」
メキシコ国境の「壁」建設は、トランプ大統領と支持基盤にとって不法移民排除のシンボルだ。国境警備強化の重要性は野党民主党も認めているものの、野党の民主党側は「分断」、「排他的」なイメージがあり、実質的な効果が疑わしい「壁」を張り巡らすことには大反対。むしろ、入国ポイントでの検査官増員や、国境通過車両のスキャンやドローンなどの新技術を使った密輸取締り強化と、抜本的な移民制度改革を求め、大統領と対立している。
キニピアック大学の全米世論では「壁」の建設に55%が反対(賛成は43%)と、市民の過半数が反対しているのだが、トランプ大統領は自分のメンツと右派からの要求の前に、「壁」に固執したままだ。
しかし閉鎖が長引き、職員不足で空港の運営に支障が出始めたことから、トランプ大統領が折れる形で3週間のつなぎ予算を成立させ、連邦政府の一部閉鎖を解除した。
連邦政府閉鎖のツケ
トランプ政権下では、今回が3度目の閉鎖。大統領はすでに、「2月14日までに、自分が納得できる『壁』建設予算が盛りこまれた法案ができなければ、ふたたび連邦政府の閉鎖もありえる」と発言している。
連邦政府の閉鎖は、じわじわと市民生活に影響を与えていく。国立公園や博物館は閉鎖され、低所得者向け住宅補助の支給が滞ったり、連邦による許認可事務が一時停止となり許認可を必要とする民間のビジネスにも影響がでる。また連邦政府は米国で最大の雇用先だ。一部閉鎖とはいえ、今回は800万人の連邦職員に加え、契約で政府にサービス提供する事業者が1カ月あまりも職を失った。人がまばらとなった連邦施設近隣では、飲食サービスも顧客を失うなど、経済的ダメージは広範囲に波及していく。
一方、政府側も、閉鎖中は例えば博物館の入館料といったサービス収入が徴収できず、政府側の支払い停止による罰金や利子といった費用も発生する。今回の史上最長35日の閉鎖に伴う費用について、連邦議会予算事務局は110億ドル(約1兆2000億円)という推計を発表した。
ポピュリズムの選挙レトリックとして有効だった「壁」建設にこだわり、政府閉鎖で職員や市民に経済的負担を強いるとともに、110億ドルの税金を無駄にするという愚行がまかり通るのも、トランプ政権の異常さとしか思えない。
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ワンマン経営者のまま?
自分達の生活を改善できなかった中央のエリートや政治家、官僚の「あるべき論」的なやり方に対する反発が、トランプ大統領を生む結果となった。「ビジネスマン」をトップに据えて、状況を大きく変えたいという意見は強い。トランプ氏を「ビジネスマン」と評する支持者がほとんどだが、筆者にはどうしても家族経営会社で自分の思う通りに振舞ってきたワンマン社長にしか見えない。
閣僚の人選をみても、経験や専門性ではなく、トランプ大統領は知っている人の中から自分に対して忠誠心の強い人を選ぶ。偽情報や個人攻撃から、政府高官の人事まで、大統領が自らツイッターで発信。専門家の意見やこれまでのコンセンサスなど無視して、自分の直観と側近に据えた家族やFOXニュースなど右派メディアの意見で政策判断をし、朝令暮改も日常茶飯事。ホワイトハウスの高官、閣僚は次々と辞任、あるいは解雇され、ホワイトハウス経験者による暴露本が増えていく一方だ。
トランプ政権が発足して2年。確かに米国政府は、これまでとは似ても似つかない姿に変貌してしまった。
地盤沈下する連邦政府
しかしもっと恐ろしいのは、連邦政府の地盤沈下である。昨秋、マイケル・ルイス氏(映画化された「マネーボール」の著者)が、いくつかの連邦政府機関にスポットライトをあてた「The Fifth Risk (第5のリスク)」というノンフィクションを発表した。トランプ政権への移行経験について、農務省、商務省、エネルギー庁の元、現役職員への取材をもとに書かれている。政権や大統領の出身政党が変わっても、基本的な行政や知識の蓄積は、受け継がれて行くべきもの。ジョージ・W・ブッシュ政権から、オバマ政権に移行する際も、政権発足直後に新政権からそれぞれの分野の専門家十数人が各省庁を訪れ、長い時間をかけて引き継ぎブリーフィングを受けた。
トランプ政権誕生が決まった際も、前例に従い、例えば農務省では2300ページの資料を用意して引き継ぎ担当者の訪問を待っていた。しかしトランプ政権が発足して1カ月も過ぎてから、たった一人、専門家とも言えない人物がやってきただけ。またエネルギー庁を訪問したトランプ・チームは、引き継ぎ説明を聞くのではなく、「地球温暖化にかかわった職員の名簿を提出せよ」、「地球温暖化という言葉は、今後は使わないように」といった政治イデオロギーに基づく指示をしただけ。
オバマ政権下では、女性宇宙飛行士で地質学者のキャシー・サリバンが気候変動の調査を行う商務省海洋大気庁(NOAA)を率いていたが、トランプ大統領は民間の気象情報会社AccuWeatherの幹部であるバリー・マイヤー氏をトップに指名した。同氏はかつて、AccuWeather社に有利になるよう、国の気象情報データの公開制限を働きかけたこともあり、利益相反の恐れがあることから、連邦議会上院が承認を先送りしている。
連邦政府の各分野で積み重ねてきた専門知識に興味を示すことなく、オバマ政権下での取り組みを撤回することだけに熱意を燃やすトランプ政権下では、職員の士気は下がる一方だ。また団塊の世代が退職時期を迎え、蓄積された専門知識が引き継がれないまま、お蔵入りになる恐れもある。
無料食糧配給所に並ぶ連邦職員
公務員と言えば、職務保障というイメージがわく。しかし35日にわたる政府閉鎖で、辞職せざるを得なかった人、転職を考え始めた連邦職員も少なくない。
米国では2週間に一度のペースで給与小切手が振り出される。今回、2回の給与小切手を受け取れなかった連邦職員らは80万人にも及ぶ。米国人は貯蓄が少なく、臨時支出が400ドル(約4万4000円)あると家計が回らなくなる人が4割といわれている。
突然、給与小切手が入ってこなくなり、住宅や車のローン、学生ローンの支払いで立ち往生する職員も多かった。必須要員でも、子供を預ける費用がなくて職場に出られない人、すぐにでも4定期収入が必要なため、転職を余儀なくされた人たちもいる。
閉鎖期間が長引くにつれ、低所得者向けの食糧配給所に足を向ける連邦職員の姿が全米で報道された。富豪でもあるウィルバー・ロス商務長官は、無給で生活苦に陥る連邦職員について「なぜ困るのか、理解できない。(お金がないなら)ローンを借りればよい」と、一般市民の財政状況をまるでわかっていない発言をし、大きな批判を浴びた。
閉鎖は一時解除になったものの、転職を考える連邦職員の割合は例年と比較して10%から50%アップ、逆にまた募集ポストへの応募は46%下がったという。
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近視眼の米国市民
保守派は、民間ビジネスの成功を称え、その妨げとなるような「税金」や「規制」を敵視しては、「小さな政府」を要求する。確かに政府は非効率なことも多いが、調査、研究、武器や核廃棄物、汚染や気候変動、外交を含めた危機管理など、利潤追求目的ではなく、人々の生活を守るために政府でなければできない仕事がある。政治とは一線を画し、地道に取り組んできた連邦職員が支えているのが、連邦政府だ。
そうしたことを知らない、知ろうとしない近視眼的な米国市民の中には、「大昔はそんなデータなどなくても、生活できていたのだから政府が勝手に仕事を作っているだけ」、「閉鎖しても自分には影響しなかったから、政府を縮小できるという証拠」という人もいる。
Make America Great Again(アメリカをかつての偉大な国に)をスローガンとするトランプ政権下で、国の基盤となる連邦政府が地盤沈下しつつある。これまで積み重ねてきた知識や経験、人材を失って、どうやって偉大な国が成り立つというのか。
マイケル・ルイス氏によれば、本の題名である「第5のリスク」とは、誰も気づいていない、予想することさえできない危険という意味だそうだ。「私一人で何でも解決できる」と豪語するトランプ大統領下の米国を、予想できない危機が襲った時に、国を守る英知と人材が枯渇していないことを祈るしかない。
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