「言語を介した意思疎通がとれない重度・重複障害者に、生きる価値はない」――1年前、相模原の障害者施設で、多くの障害者を殺傷した容疑者はこんな発言を繰り返している。
しかし、言語を介さずとも人間らしいコミュニケーションができると確信する人々もいる。そう信じて活動するベルギーの音楽仲間に出逢った。欧州の小国、ベルギー北部アントワープをベースとする音楽グループSonart’x(ソナーティックス)が推進するNai’A(ナイア)プロジェクトだ。
歯科医とバイオリニストが
Sonart’xは、歯科医とバイオリニストという異色コンビだ。
クリストフは、アントワープ交響楽団に所属するバイオリニスト。楽団が主催する、障害児や恵まれない子供たちの音楽交流イベントに長年関わって来た。ある時、イルカがある種の音波を通じて、コミュニケーションすることを知った。エジプト、ハワイ、トルコ、ルーマニアなどでのイルカとのコミュニケーション体験を通して、こうした交流が障害児にプラスの効果を与えると確信するようになった。
一方、歯科医のダニエルは、長年、障害児・者の歯科治療に関わってきた。その経験から、障害児・者は、言葉を介さずとも、痛み、不安、安堵、感謝など、豊かな感情や意思表示ができることを知ったという。彼もまた、海に生きる哺乳類が特殊な音を介してコミュニケーションすることに興味を持ち、趣味のシンセサイザーを用いて、こうした音を取り入れた音楽の世界を探求していた。
一年ほど前に出会ったこの二人は、即座に意気投合してSonart’xを結成。そして障害児・者が創った音やイルカが発する音、数々の経験から得たインスピレーションをもとに音楽活動を始めた。その発展として、発語のない子供たちのコミュニケーション支援活動を行うため、プロジェクトNai’A (ナイア)を立ち上げた。
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音楽やイルカを介したワークショップを開催
プロジェクトNai’Aは、具体的に何をしようというのだろう。
<音を介したワークショップ>
Nai’Aプロジェクトの一つ目の柱は、音を通して表現できることを教えるワークショップだ。言語コミュニケーションの困難な子供たちを6~8人の小グループに分け、時間をかけて打楽器、弦楽器、電子音響機器などの道具に慣れ親しませる。大事なのは上達することではない。子供たちが、それぞれの音や響きを身体で感じ、表現し、互いに関係しあいながら、創造的な作業に参加することなのだという。
このワークショップは、地元、アントワープ交響楽団のバックアップを得て、各地の養護学校などで不定期に行われてきた。2018年度には、音楽療法士、心理療法士も交えて4年間継続的に行い、その成果を記録、評価する計画もある。
<イルカを介したワークショップ>
Nai’Aのもう一つの活動は、イルカの習性を取り入れたワークショップだ。イルカが相互コミュニケーションに使う音波は、人にもポジティブなエネルギーや安らぎをもたらし、その効果は持続性があると考えられている。
たった80kmほどの海岸線しかないベルギーのこと、イルカのセラピー利用はまだまだ一般的ではない。そこで、当面はトルコのアンタリア (Antalya)でイルカを用いたセラピーで実績のあるAlpha Therapyと提携し、音楽とイルカを合体したセラピーを行う予定だという。ベルギーからトルコまでは、飛行機で5時間ほど。それまでは、ベルギー国内のダイビングスクールの協力を得て、水に慣れ、泳ぐ練習を行うのだそうだ。
Alpha-Therapy (engl) from Dolphinswim on Vimeo.
イルカとのセラピーでは、近しい家族や熟練したセラピストとともに、水槽の中でイルカと慣れ親しむことから始め、リラックスし、生物に思いやりを持って接することを体得する。イルカはヒトの暖かい扱いに必ず応えるのだという。次に、イルカが発する音波を認知し、自分からも音で返せることに気づかせる。クリストフは、トルコとルーマニアでセラピストの訓練を受け、イルカとの音楽交流もすでに実験済みだ。
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言葉に頼らないコミュニケーション、誰のため
Nai’Aという名前は、ハワイ語でイルカを意味するNaiと、Autism(自閉症)のAだ。当初は、自閉症児のためのプログラムを想定していた。
自閉症というと、頭を壁にぶつけ続けるなど不可解な反復行動を繰り返す、発語のない子供を想像するかもしれない。表面的には言葉をうまく操るように見える場合でも、習得が遅れたり、セマンティック(意味)に特異性があったりと、言語コミュニケーションが難しいケースも多い。その症状や機能性は千差万別なので、今日では、「自閉症スペクトラム」(Autistic Spectrum Disorder=ASD)と呼ばれ、広範囲な発達障害の表出とらえられている。
言葉によるコミュニケーションがとりにくいのは、ASDと診断される子供たちに限らない。脳性まひなどの脳神経系の障害を持つ場合も、ダウン症など染色体異常を原因とする知的障害児も、事故などによる発語器官の機能障害でも起こりうる。病気や障害の種類は、発症例の極めて少ないものなどを含めれば、一般人が知らないものの方が多いほどだ。
そんな障害者に、文字版やハイテク技術を用いて、言語によるコミュニケーションを教え込もうとする研究や実践も世界中で精力的に進められている。それを用いて言語を習得できるなら、それは素晴らしいことだ。しかし、それができなかったとしても、だから「生きる価値がない」と短絡的に決めることは誰にもできない。
筆者には、脳性まひによる重度・重複障害を持つ息子がいた。19才の短い命を終えるまで、栄養を胃ろうで取り、寝たきりの植物状態のままで、もちろん言葉を発するわけもなかった。それでも、お気に入りのCDをかけると、見えない目を大きく見開いて、「あー、あー、あー」と発声して、快よさそうな笑顔を見せた。そういう瞬間には、心拍や脳波が美しく調和したカーブを描くことも目撃した。一言も発しない息子を「生涯の親友」と呼ぶ人がたくさんいた。
Sonart’xが目指すこと
クリストフとダニエルは、Sonart’xの活動で収集してきた「障害児が表現した音」や「イルカの発する音」を素材に、経験から得たインスピレーションを生かして、演奏活動を行ってきた。そして、近く、「Meaning of birth」(命の意味)と題した初めてのCDを発表する。「どんな障害を持つ子も、言葉のない子も、命には意味があるから」とダニエル。Sonart’xのマネージャーをつとめるクリス(本業運転手)も、「生まれたばかりの赤ん坊だって話せるわけじゃない。僕らは皆、そこから来たんだ」と付け加えた。
「言葉で意思疎通できない人には生きる価値がない」――相模原の殺傷事件の話をすると、3人は、ぎょっとして顔を見合わせた。そして真剣な眼差しで言い出した。「2020年、パラリンピックで東京に行って、Meaning of Birth(命の意味)を聞いてもらおう」と。
歯医者のダニエルも、音楽家のクリストフも、運転手のクリスも、写真家のジャン・マリ―も、家族に障害者がいる「当事者」ではない。世界に二つとない治療術を考案したわけでもない。こんな普通の人々が、自分の力で、できることから始めてしまう社会は生きやすい。「価値のない命なんて、ない」と信じて。
<トップ写真:イルカを介したセラピーで寛ぐ少女>
©Dolphinswim
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