2015年、欧州の難民危機については、日本のメディアでも、報道頻度が増え、ある程度知られるようになった。しかし、欧州内のある国の、ある時点での速報性や現場感を断片的に伝えるものがほとんど。センセーショナルではあっても、欧州連合(EU)としての対応も含め、歴史的、地域的な解説を含めた俯瞰的体系的な理解のベースとなるものは少ない。ここでは、やや長くなるが、今後、欧州難民危機関連の新たな展開があったとき、いつでも戻ってこられる体系的情報を何回かにわけて整理しておこう。
INDEX
- 内側から観る欧州難民危機(前編) : 難民は、なぜ欧州を目指すのか?
- 内側から観る欧州難民危機(中編) : 欧州はこの危機にどう対応しようとしているのか
- 内側から観る欧州難民危機(後編) : 欧州難民危機、これからの行方
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EUは本当に無策なのか
毎日毎日、数千数万という単位で押し寄せる難民を前に、玄関口となったイタリアやギリシャばかりでなく、バルカン半島の通過国も、大量受け入れを余儀なくされたドイツもスウェーデンも、正論や理想論を振りかざす前に、人道的な緊急対応追われてきた。
アジアや北米などの遠方の国ばかりか、欧州内でも、EUがしていることを、大局的に克明に把握するメディアや市民はそう多くはない。押し寄せる難民への対応は、多国間にまたがる「緊急」人道支援課題だ。一方、難民発生の根本原因は世界規模の政治課題であって、その解決には数か月~数年の時間を要する。また、いったん難民申請を受け取った後、いかに審査するか、受け入れた難民をいかに社会統合するかは数十年に及ぶ長期課題だ。そもそも、強権的ではなく、民主的なやり方で、政策を作り実行するには、途方もない時間がかかる。言語も文化も異なる28か国による大所帯となればなおさらだ。緊急支援と中長期施策を混同して、「何もやっていない」「効果があがっていない」と批判するのは容易いが、実績はきちんと評価し、うまくいかない部分を総論ではなく各論で指摘し、建設的に批判しなければ、不満分子を上手にあやつるポピュリズムに油を注いでしまうだけだ。
難民政策は加盟国裁量? それとも超国家EUの政策分野?
積極的な難民受け入れを標ぼうするEUだが、現実にいうと、難民・移民政策は加盟国それぞれの裁量に任されている。1990年に締結された「ダブリンII規則」は、難民条約に基づく庇護申請の受理・審査を、「難民が最初に到着した国」の責任と定めているから、本来、難民が最初に到着したのがイタリアやギリシャやハンガリーなら、そこで庇護申請を受理し、審査が終わるまでその国に留まらせる義務が生じる。
一方、難民対応は国の裁量としながらも、EUが掲げる「人の自由な移動」を推進するためには、国境管理や難民問題における加盟国の協力は不可欠(1993年、欧州連合条約=マーストリヒト条約)だ。こうして、難民要件や庇護手続きの最低基準などの調整が徐々に進められ、1997年、アムステルダム条約に域内国境検査を撤廃する「シェンゲン協定」(1985年、1990年)が組み入れられると、域外国境管理、庇護、移住などで加盟国間協調の必要性がますます高まった。1999年、アムステルダム条約発効とともに、「共通欧州庇護制度」(Common European Asylum System=CEAS)が具体的に整備され始め、これを助ける多くの難民関連機関ができ、施策が講じられて来ていた。
今回の難民危機に直面して
ところが、一旦落ち着きを見せていた難民動向は、2000年代に入り、再び緩やかに増加し始めた。2007年には欧州委員会が、大規模な公聴会の末にグリーンペーパー(「議論のたたき台」として提案書のこと)を提出し、庇護制度についての政策案(Policy Plan on Asylum)を発表。リスボン条約の発効により、共通欧州庇護制度の具体的な施策として、地中海上の小さな加盟国マルタに、欧州庇護支援事務所(European Asylum Support Office= EASO)を発足。加盟国間でバラつきの大きかった庇護基準の均一化や、保護標準の設定、加盟国間の実務協力に取り組んだ。
日本のメディアで伝えられることは少ないが、ギリシャの離島で、臨時庇護申請所を設置して、無数のテントを建ててコピー機をずらりと並べ、難民一人ひとりの個人情報聴取や指紋収集という気の遠くなるような作業を黙々と行っているのは、EASOからギリシャに支援のために派遣された専門スタッフだ。数ページに渡る庇護申請書類に、何語にしても、自ら書き込める能力のある難民はほとんどいない。密航業者の手による渡航書類やパスポートには杜撰な虚偽だらけだという。さまざまな言語の通訳や、代筆者、庇護申請手続きに精通したプロによる一対一の現場作業が必須だ。
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欧州市民が難民問題を知るきっかけとなったのは、「ランペドゥーザの悲劇 」を始め、2013年頃から相次いだ地中海での悲惨な遭難事故だった。悪質な密航業者を取り締まり、無残な死を未然に防ごうと、欧州対外国境管理協力機構(FRONTEX、在ポーランド)指揮によるトリトン作戦やポセイドン作戦といった地中海沿岸警備作戦、EU海軍部隊(EU NAVFOR)による密航犯罪ルートの壊滅作戦、「欧州国境監視システム」(EUROSUR)による密航者情報共有が進められ、人命救助に大きな成果を挙げたことは、ほとんど報道されていないので、あまり知る人はいない。そして、新たに庇護・移住・統合基金(Asylum, Migration and Integration Fund =AMIF)を作り、EUとしての移民・難民対策に、2014年‐2020年の間で、約24億ユーロを拠出することにした。
2014年、欧州議会は、難民・移民政策を公約に盛り込んだジャン=クロード・ユンカー氏を欧州委員会委員長に選任。ユンカー委員長の新たな欧州委員会体制では、公約通り、移民政策を10の優先課題に据え、移民・内務総局(省庁に相当)に、移民政策専任委員(大臣に相当)を置き、2人の副委員長も移民政策に重点的に取り組むという強力な体制で挑んだ。
EUには、持続可能な発展のためには、移動性を高めて、人口と労働力を確保する必要があるとし、そのために、難民の受け入れや社会統合を含めた、公平で効果的な難民・移民政策が必要であるとの確固たる長期ビジョンがある。28カ国加盟国首脳によって形成される欧州理事会は、そのための方向性や優先順位を示し、欧州委員会の移民・内務総局が堅実な調査に基づき次々と法案を提出し、欧州議会では市民的自由・司法・内務委員会(LIBE) や人権委員会(DROI)などが中心になって真剣な議論を重ね、欧州連合理事会(加盟28カ国の移民担当大臣)と欧州議会(加盟28カ国からの751人の議員)がこの法案を採択して、委員会がそれを実施するという息の長い民主的プロセスを経て、一つの政策が実行に移される。一度採択されれば、委員会がこれを施行し、その進捗をモニターする機構が常に準備され機能している。これがEUという超国家組織の進め方だ。民主的であるがために、緊急対応には不向きという弱点がある。
(注1)ランペドゥーサ島は、地中海のイタリア領最南端の島で、当初、地中海を南回りする難民ルートの漂着地となった。難民を乗せた漁船が火災を起こした遭難し、400名近い犠牲者を出した。
トップ画像:欧州議会の前で力強く結束を呼び掛けるユンカー欧州委員会委員長(2015年9月9日、一般教書演説にて) © European Union 2015
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- 内側から観る欧州難民危機(中編) : 欧州はこの危機にどう対応しようとしているのか
- 内側から観る欧州難民危機(後編) : 欧州難民危機、これからの行方
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