2016年6月に行われた国民投票が、52%対48%のわずかな票差で「EU離脱」という予想外の結果を迎えた英国。残留派はもちろんのこと、離脱に一票を投じた人々でさえ「どうせ残留だろう」と思っていたため、ショックは大きかった。
ロンドンに住む筆者の周りは熱心なEU支持者ばかり。残留決定を祝うはずだったサマーパーティーは、呆然とした顔つきの人々がヤケ酒をあおる場となってしまった。逆に、離脱派の多い地方では思いもよらぬ勝利に歓声と英国旗があがったが、どちらの側も「これから一体どうなるのか」という不安に打ちのめされたことだけは共通していた。
あれから9ヶ月が過ぎた。専門家が予測した離脱不況は、少なくともまだ訪れていない。英ポンドは急落したが、おかげで観光産業や輸出などが恩恵を受けた。政策金利は0.25%まで引き下げられて貸付けが活発になり、消費も製造も投票以前よりも高い成長率を示している。インフレ率は2017年3月現在1.8%だ。国民の立ち直りは意外に早く、「2008年の金融危機を乗り切った英国だ、今回もまたなんとかなるのでは」という声も聞かれるようになった。
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ここには「起こってしまったことは仕方ない」とあきらめの早いイギリス人の国民性がよく表れている。テレサ・メイ新首相も残留派だったが、民主主義国家として投票結果を潔く受け入れようと呼びかけた。とはいえ、国内はまだまだ混沌としている。
イギリスに住むEU加盟国籍者330万人は、離脱後も住み続けられるようにするというメイ首相の意向を頼りなく思っている。それは離脱交渉において、EU加盟国に住む120万のイギリス人の居住権をEUが保障してくれたら、という「交換条件」が前提だからだ。スコットランドと北アイルランドは今も残留を強く望んでいる。ウエールズも加えた四つの国の集合体であるUK =「連合王国」は離脱後、イングランドだけになってしまうかもしれない。
いよいよEU離脱宣言が秒読み態勢に入った英国では、今週に入ってロンドン中心部でテロ騒ぎまであり(3月23日)、将来への不安は依然として残っている。
こんな時、イギリス人は「煉瓦とモルタルさえあれば安心さ」とよく言う。
持ち家のことだ。英国では煉瓦造りの古い家が尊ばれ、不動産の価値は上り続けるので持ち家志向が強い。若くして小さな物件を購入し、数年ごとに住み替えては売却益をつぎ込み、より大きな家へとスケールアップするのが伝統的な資産形成プランだった。
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しかし、ここ十数年の不動産価格の上昇ぶりは尋常ではない。ロンドン郊外のワンルームですら4千万円以上する。新築ブームなのに不動産物件を購入できるのは産油国や中国などの海外投資家ばかり。なんとか議会の承認を取り付けて3月中に離脱手続きを開始したいメイ首相は、落ち込み続ける持ち家率を上げることが国の将来安定に不可欠と、前政府の政策をさらに拡大している。
例えば、最初の居住物件を買うための頭金を貯め始めた人には、利子が最大2.27%で非課税、さらに貯蓄額(年12000ポンドまで)の25%の助成金を政府が足してくれる貯畜商品「ヘルプ・トゥ・バイISA」がある。そして、さて家を買うぞとなれば、専用の低利住宅ローンや、購入者の借入限度額では足りない部分を国が買ってその分を家賃で払う「共有制度」がある。さらに、国内で普及し始めた、クラウドファンディング型ローン「ピア・ツウ・ピアISA」も貸し手の利子収入を非課税とするなど、さまざまな手段で貯蓄や持ち家購入を応援している。
国民投票だけでなく、米大統領選も「まさか」という結果に終わり、資本主義世界の劇的な変化は誰もが感じている。一つだけ確かなのは、最後に頼れるのは結局自分だけということ。こう考えるイギリス人は増え、政府に背中を押されるまでもなく持ち家を手にしようとする動きは止まらないようだ。
全国信用金庫協会機関誌「信用金庫」3月号より転載
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国民投票結果が発表された日のロンドン中心部、英国旗がはためく繁華街オックスフォード通りにて。週末にしては異様な静けさだった。
© FUKUOKA Nao
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