ワクチン接種ではドタバタが続く日本。元来日本はこういう組織的で計画的な実行能力には長けていたはずではなかったの、と目を覆いたくなる。出遅れた分だけ、他国の事例から学べたじゃないの、と悲しくなる。
ワクチン接種作戦で好調な国といえば、英米やイスラエルと思いこんでいないだろうか。だが、半年が過ぎ、様相はだいぶ変わってきている。欧米諸国では少なくも一回目接種を受けた人が全人口の6割を超え(二回目接種済みも5割以上)、現時点では、欧州ではデンマークやベルギーが、北米ではカナダがトップランナーになっている。筆者の住むベルギーは、筆者が二回目を受けた5月中旬にドイツを抜き、7月中旬には英国に追いついて、今にも70%(2回接種済みは60%弱)に到達しようとしている。
接種率の差は何から?
当初EU加盟国の中では優等生だったドイツや、出足好調だった隣国フランスでは、全人口比で50%を超えた頃から、伸びが鈍化した。
EU加盟国では、ワクチンの開発支援や調達はEUとして行った。3月初めまでは英米イスラエルに比べ、調達ですっかり遅れをとったがここで手綱を締め直し、3月後半以降は俄然挽回。ワクチン生産国でありながら輸出禁止政策をとった英米への輸出を制限し、威信をかけて域内メーカーの生産拡大に協力することで、見る見るうちに調達・供給体制を立て直した。
今では加盟27カ国に対し、人口比で公平に分配しているから、接種率の違いは調達不足によるものではない。加盟国ではどこも接種は無償だし、欧州医薬品庁(EMA)や欧州疾病予防管理センター(ECDC)の認可・推奨に従っているので、その点での違いも少ない。(EMAが認可していないロシアや中国のワクチンを独自に認可しているハンガリーなどの国もある。)ヨーイドンで一斉に始めたレースなのに、半年後の接種率にこれだけの差が出るのはなぜだろう。
優先順位が高齢者から始まり、次に医療・介護関係者、そして、基礎疾患でリスクの高い人を優先しながら、順々に60代、50代へと年代を下げていったのは、だいたいどこの国も同様だったと思う。
そんな中、フランスでは薬剤師でも打ち手となれることから、接種センターや主治医以外に近所の薬局での接種もできる。薬局では若年層での血栓症懸念が高まって人気が下がったアストラゼネカ(AZ)なら無予約でも誰でも受けられる体制をとった。
ドイツでは、接種センター以外に、アストラゼネカなら主治医でも家族一緒に接種が受けられたり、また7月以降は、他社製ワクチンとの組み合わせを可能にしたりと、市民がいろいろ迷ったり考えたりする要素があったようだ。
さらに加盟国の多くでは、夕方近くに行くと、接種に来なかった人たちの分が予約なしでも受けられるということも聞いた。余り分を受けるために長い列ができている様子は報道でも伝えられた。
逡巡する余地が少なければ
ベルギーではどうだろう。ここでは何もしなくても、当局から郵便、Eメール、ショートメッセージの全てで接種の招待状が届き、そこに書かれているインターネットサイトか電話で、最寄の接種センターの予約をとるというやり方だった。物理的な「接種券」のようなものは存在せず、予約した瞬間からオンラインでデジタル管理されていて、一回目接種時に二回目の日時が決まる。ベルギーでは、接種場所は原則として接種センターのみで、主治医とか薬局とかの選択肢はない。家族で一緒にという選択肢もなく、すべて個人単位。当初は多少の混乱があったが、予約の電話やネットサイトが混みあうこともなく、センターに行けば待ち時間もゼロだった。
余り分については、それをゲットするための別のインターネットサイトがあり、そこに登録していると、「X時Y分の○○センターに空きがあります。来れますか?」というメッセージが入る。20分以内に反応すれば、現場に行列しなくても、余ったワクチンを受けることができ、無駄に廃棄する分も減る。
留学していて国外にいる娘のところに来た招待状をそのまま放置していたら、しばらくして「貴女の判断は尊重しますが、社会の弱い人々を守るために貢献していただけませんか?」と柔らかなリマインダーが送られてきた。「ありがとう、でも外国で接種済です」と返事を書いた。
ドイツやフランスは、どこでどのメーカーのワクチンにするかを自分で検討し、自発的に行動することが求められるようだ。一方、ベルギーでは、じっとしていても予約のお誘いが届き、予約も簡単で待ち時間もなく、スムーズだった。初回の打ち手は看護師風若い女性で、二回目は救急隊員風の青年だったが、医師による問診はなかった。でも、医師はここに常駐していますとの掲示があったので、不安は感じなかった。友人の多くは一連の経験を「serene」と形容した。日本語にすると、「穏やか」、「落ち着いた」「平和な」といった感じだろうか。
ベルギーでは、逡巡したり、検討したりする要素が少ないことが、接種率向上につながっているのではないかと筆者は思う。だが、夫にいわせると、「第一波で、人口比世界最悪の驚愕の死者を出したからコワイだけじゃない?」と自嘲的だ。
懐疑派に苦戦する国々
筆者の回りにも、ワクチンを「なんとなく嫌だ」という人から、「開発されたばかりで、後々何が起こるかわからない」、「製薬会社と政府による仕組まれた罠だ」という人までありとあらゆる懐疑派はいる。その主語はいつも「私は…」という利己的な発想のようだ。フランスやドイツやアメリカのような岩盤の強烈な反対派はベルギーには少ないように感じる。周りの人々も、政府からのメッセージは昨年のパンデミック勃発以来一貫して、「自分を守ることで、同時に、周りの人々を守るのだ」と、他者や社会を守る視点が繰り返されてきた。
フランスでは、特に医療関係者などエッセンシャルワーカーの中での接種率の低さに頭を悩ませたマクロン政権が、特定の職業や公共交通機関、ベニューでのワクチン接種義務化を打ち出したために、黄色いベスト運動さながらの大規模デモが多発している。
ドイツでは、そもそも政府の行動制限政策に反発する勢力が昨年後半から各地でデモを行ったりしてきたが、昨今では、「コロナ危機はそもそもユダヤ人が引き起こした」というような反ユダヤ主義や陰謀論者が各地で数万人規模のデモを繰り返し、うっぷんを貯め込んだ静かな庶民へも支持を広げているともささやかれる。
ベルギーでも、春頃には、行動制限に反発する若者への対応に散水車が用いられたりしたが、最近はデジタルコロナ証明アプリの普及と、感染状況の改善で、ちょっとだけ不自由な夏休みをできるだけ楽しもうとすることに必死らしく穏やかだ。ワクチン接種率が高まっていることも、市民に安心感を与えているように感じられる。
ブースターショットは必要?
日本では、イスラエルに続き、英国、ドイツ、スウェーデンで、「三回目接種開始!」のように伝えられ始めた。イスラエルは、他国に先だって大量に調達したワクチンの期限切れが迫っていると伝えられたので、廃棄する位ならティーンへの接種や三回目接種を始めようと判断したことはうなづける。
英国は世界で唯一、接種の大半がAZ社製であることをメディアはあまり伝えない。アデノウィルス・ベクターワクチンであるAZは、バイオンテック=ファイザー製などのmRNAワクチンに比べて、デルタ変異株への免疫力はかなり劣るとされている。少しでも早くブースターショット((効能増強のための追加接種)を打たねば、行動制限を全撤廃してしまった英国が秋冬に向けて感染状況を抑え込める見込みは立たないのだろう。
EU加盟国ではどうだろう。欧州医薬品局および欧州疾病予防管理センターの直近の見解(7月14日)では、まだブースターショットが必要とするだけのデータがないとしながらも、加盟各国の専門家グループと協働し、ワクチンメーカーと実験データの共有を進めているとしている。
バイオンテック=ファイザー社は、その実験データを添えて、欧州医薬品庁に対し、二回目接種から6~8カ月後のブースターショットの認可申請を提出した。データによれば、二回接種による抗体数を5~10倍引き上げ、これにより免疫力を強化し長続きさせられるとしている。
EUの欧州委員会は、近い将来ブースターショットは必要と判断され、変異株の発生によっては新たなワクチン開発供給が迅速・大量に必要となる可能性があるとして、バイオンテック=ファイザー社と、2021年~2023年の間に180億回分追加供給契約を結ぶと発表。
1年かけて増強してきた検査体制や医療キャパシティによって、欧米はなんとかWith Coronaの新しい社会でかじ取りを始めているように見える。コロナワクチンは、インフルエンザの予防接種のように、定期的に予想流行株に対応するブースターショットが必要になるだろうとの見方が広まりつつある。
今や先進各国は、「三回目が必要になるかどうか」の段階を越えて、今後の中長期的供給確保の段階へ、そして第三世界への供給拡充へと移行しつつあるように見える。二回分確保も定かでない日本はどうなっていくのだろう。