英国は今、死亡者が6千人を超え、コロナウィルスとの激戦の真っ只中だ。この危機的状況下、4月5日日曜の夜、エリザベス女王から国民へのメッセージがテレビの主要チャンネル全てで放映された。女王による国民への語りかけは、これまでの長い長い在位60 年間のうち今回が5回目。湾岸戦争時やダイアナ妃が事故死した時など、よほど特別な事態の時にしか行われていない。93歳の女王が、「国民が団結すれば、コロナウィルスに打ち勝つことができる」と発した言葉に、由々しき事態と再認識し、危機に立ち向かう決意を新たにした英国民も少なくなかったと思う。
女王の演説の余韻をかみしめる間もなく、「ジョンソン首相入院」のニュースがかけめぐった。首相はコロナウィルスに感染し、10日前から首相官邸に籠っていたが、熱が下がらないため病院したという。その時点では、大事をとっての検査入院と告げられたが、翌6日夜には、集中治療室(ICU)に入ったと報道され、一気に緊迫度が高まった。
首相からの手紙
4月初め、ボリス・ジョンソン首相からの国民全員に、一通の手紙が送られた。首相からの手紙なんて、一生に一度のことだろうとちょっと期待して開封した。だが、白い封筒には個人の宛名もなく、手紙には、報道などで何度も繰り返されてきたコロナ対策の柱である外出禁止の重要性が説明されているだけ。これに、政府発行のパンフレットが同封されていた。「外出するな、NHS(国民保健サービス)を守れ、命を救え」の文字が躍る。ダイレクトメール風で、かなり拍子抜けした。
我が家に届いた首相からの手紙 ©Yumi Ishikawa
全3千万世帯に郵送したということだが、連日テレビで耳にたこができるくらい聞かされているスローガンを伝えるために570万ポンド(約7.6億円)もかける必要があるのだろうか。でも、日本のように回覧板があるわけでもないし、インターネットやテレビのない世帯もある。全国民に周知、徹底させるには昔ながらの郵便が確実だと政府は判断したのだろう。
レターヘッドには英国政府の紋章とダウニング街10番地(首相官邸の住所)が印刷されており、印刷署名ではあるが、ボリス・ジョンソン氏のサインもある。後々まで取っておけば、「大変だった年の想い出」になるのかもしれない。
問われる危機管理力
英国では、実は、ジョンソン首相だけでなく、ハンコック保健相、イングランド主席医務官のウィティ氏の他、チャールズ皇太子やBBCメインキャスターであるエドワーズ氏など、国の中枢を担う著名人が次々にコロナウィルスに感染している。ただ、たいていの場合、軽症ですみ、順調に回復し、実務に復帰している人も多い。
どんなに報道が「検査のため」「念のため」と伝えても、ICUに入るからにはかなりの重症患者だ。疫学を専門とするイーストアングリア大学のポール・ハンター教授によると、通常のウィルス性肺炎ではICUに入る患者のうち75%以上が回復するが、コロナウィルスの場合、およそ半分しか助からない。ジョンソン首相の場合、55歳という年齢を考慮すると、生存率は54%だという。
Another quick update from me on our campaign against #coronavirus.
You are saving lives by staying at home, so I urge you to stick with it this weekend, even if we do have some fine weather.#StayHomeSaveLives pic.twitter.com/4GHmJhxXQ0
— Boris Johnson #StayHomeSaveLives (@BorisJohnson) April 3, 2020
<自宅療養中のジョンソン首相からのツイッターメッセージ 4月3日>
この情報が正しければ、英国はまさにのっぴきならない状況に直面していることになる。ジョンソン首相はこれまでの隔離生活中も閣僚や関係者と頻繁に連絡を取り、コロナ対策の陣頭指揮を自ら取っていたという。高熱があっても執務を続けるなんて無謀ではないかと筆者は感じたが、こうした首相のがんばりを英雄視する人もいる。現時点(4月7日)では、ICUに入った首相の容態は安定しており、意識もはっきりしていて、人口呼吸器なしに自力で呼吸しているという。ラーブ外相は、首相が政府のリーダーであり続けるが、必要に応じて自分が代理となり、ジョンソン首相が決めた施策を今後も閣僚が団結して実施していくとしている。
専門家によると、ICUに入った重篤患者の場合、退院後にも回復にかなりの日数がかかるという。それでも、これまでと同じように首相として一国を率いていけるのだろうか。一国のトップとなるのなら、あらゆる危機をある程度想定し、少なくとも、コロナ危機が始まった時点で、自らが病に倒れる可能性も考えて、バックアップの体制を準備していたのだろうか。感染拡大が懸念され始めた先月初旬、、ジョンソン首相は記者会見で「私は病院を訪問してコロナ患者とも握手したんだ。今後も誰とでも握手するさ。」と得意げに発言した。自分は感染しないと、たかをくくっていたのだろう。「責任者不在」という充分ありうるシナリオに対しての危機管理意識が低かったのではという気がするのは、筆者だけとは思えない。
ジョンソン首相は、この2月に32歳のキャリー・シモンズさんと婚約および妊娠の発表をしたばかりだ。このシモンズさんも3月末から発症し、自宅隔離している。シモンズさんと生まれてくるお子さんのためにも、そして、英国民のためにもジョンソン首相に早く回復してほしいと願う。