米国の大統領選挙は、厳密には11月の選挙で各州が有権者代表の「大統領選挙人」を選び、その選挙人による投票で正式な当選者が決まる。トランプ氏に投票しないようにと、選挙人に呼びかける運動もあったが、12月19日の選挙人投票でドナルド・トランプ氏が正式に米国大統領に選出された。同氏は1月20日に、第45代大統領に就任することになる。暴言や排他的な極論で前代未聞の選挙戦を展開した同氏の態度は、次期大統領となってからも変わらない。従来なら大問題となりそうな言動が続くカオスに、国民は疑問の声を上げる間もなく飲み込まれていく感じだ。トランプ氏の「米国を再び素晴らしい国に」というスローガンは日本の安倍首相、ロシアのプーチン大統領らの「強い祖国への回帰」主義とも重なる。自分が一番とアピールするナルシスト的なリーダーが増えていく傾向も懸念を呼ぶ。「Wining(勝つ)!」をブランドに、不動産開発やタレント業、巧みなマーケティング戦略で富と名声を築き上げたトランプ氏。大統領の座に上りつめた後は、果たして誰のための勝利に向かって米国を導いていくのだろうか。
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すべて規格外の「トランプ流」
トランプ次期大統領は、選挙時から道徳に配慮した「ポリティカリー・コレクト」を批判し、普通の政治家ならタブー視するような言動で世間の注目を集めてきた。憶測を事実かのように述べる、対立を煽る、感情的に相手を侮辱するといった過激な言動について、政治評論家らは「正式な共和党候補指名を受けたら変わるだろう」、「大統領に当選したら変わらざるを得ない」と見ていた。そうした予想はことごとく裏切られ、これまでのところ、すべてが規格外の「トランプ流」で進んでいる。
トランプ氏は選挙中の7月以降、一度も記者会見を開いていない。そのかわりに閣僚人事から、外交政策、企業やメディア、個人に対する感情的な批判を含め、自らの考えや支持者への呼びかけを、一日に何度もツイッターで発信している。
今回の選挙では、選挙人獲得合戦では共和党トランプ氏の完全勝利だったが、得票数そのものでは民主党ヒラリー・クリントン氏が290万票も多かった。しかし、トランプ氏は一貫して「自分が圧倒的勝利を収めた」という立場を崩さず、11月27日には「選挙人獲得で地すべり的勝利をあげただけでなく、違法に投票された何百万という票を除けば、得票数でも勝っていた」とツイート。民主主義の根源ともいえる選挙について、次期大統領が根拠もなく「何百万もの票が違法に投じられた」と主張するツイートを、信じられない思いで見た人は少なくない。
In addition to winning the Electoral College in a landslide, I won the popular vote if you deduct the millions of people who voted illegally
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2016年11月27日
ギャロップ社の世論調査によれば、就任式を間近に控えたトランプ次期大統領に対する支持率は48%、不支持率も48%と、米国の深刻な分裂を示している。また就任時の大統領支持率としては、オバマ大統領の75%、ジョージ・W・ブッシュ大統領の65%、ビル・クリントン大統領の67%を大幅に下回っている。今も熱狂的なトランプ支持者は多いが、次期政権を歓迎している国民は半数に満たないのだ。
富豪の大統領が率いる富豪内閣
トランプ氏の政治集会で、支持者が歓迎したメッセージの一つに「Drain the swamp(沼地の水をぬく)」がある。既得権益にまみれた「エリート」政治家やロビイストがうごめく連邦政府という沼地をさらい、「再び、ごまかしのない政府に戻す」というスローガンだ。
I will Make Our Government Honest Again — believe me. But first, I’m going to have to #DrainTheSwamp in DC. https://t.co/m1lMAQPnIb
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2016年10月18日
確かに同氏が選んだ閣僚候補には、国務長官に指名されたレックス・ティーラソン氏(エクソン・モービル会長兼CEO)をはじめ、中央での政治経験がまったくない「アウトサイダー」が多数含まれている。往々にして官僚主義を嫌い、官よりも民を重んじる風潮がある米国では、「ビジネス経験」は大きなアピールポイントになる。
しかし、その顔ぶれは、多様性という時代の流れが逆行したかのような年配の白人男性ばかり。労働者階級の支持を得た次期大統領が率いるのは、皮肉にもウォール街をはじめ民間で大成功を収めた資産家や著名人が名を連ねる史上初の富豪政権である。トランプ氏は「アメリカン・ドリームを体現した、最もすぐれたビジネスの成功者達」とともに、「素晴らしい米国を再び取り戻す(Make America Great Again)」と主張するのだ。
オバマ政策の遺産を排除
オバマ政策つぶしも閣僚人事の特徴といえる。保健福祉長官には、オバマ政権の最大の政治的遺産ともいえる医療保険改革法(いわゆるオバマケア)批判の急先鋒だった共和党のトム・プライス下院議員を指名。環境保護局(EPA)局長には、地球温暖化懐疑派でEPAの権限が強すぎると非難を続けてきたオクラホマ州司法長官のスコット・プルイット氏を指名した。
エネルギー長官に指名されたリック・ペリー元テキサス州知事は、かつて大統領選に出馬し、自分が大統領に選ばれたら不要なエネルギー省は廃止すると発言していた。教育長官も、私学だけに使える教育費バウチャー制度を求めてきた民間重視の元ミシガン州共和党委員長。さらに労働長官には、最低賃金引き上げや政府による労働条件規制を批判してきた大手ファスト・フード・チェーンCEOが指名された。
連邦議会も共和党支配であり、オバマ政権が進めてきた医療保険拡大、環境保護、再生エネルギーへの転換、公立教育のレベルアップ、労働条件の向上施策が、トランプ政権のもとで一気に帳消しなる可能性もある。
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疑問視される人物の政権入り
さらに有効性や適性が疑問視される人物も、トランプ陣営に名を連ねている。住宅都市開発長官候補は、大統領候補の一人だった元神経外科医のベン・カーソン氏。同氏は子供時代に低所得者向けの公的住宅に住んでいたことがあるが、政治経験はまったくなく、低所得者向け福祉政策の効果について懐疑的だ。
国連大使はサウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー氏が指名を受けた。保守的なサウスカロライナ州で初の女性、マイノリティ(インド系)知事として、また全米最年少(44歳)知事として注目を集めたが、外交経験や全国区での政治経験はないに等しい。一方、中小企業庁長官の指名を受けたのは、世界最大のプロレス団体WWEの元CEOリンダ・マクホマン氏である。同氏の夫でWWEオーナーのビンス・マクマホン氏とトランプ氏は、かつて代理レスラーを使い「負けたほうが頭をそる」という対決をした。トランプ氏本人も登場し、話題を呼んだ。
次期大統領の側近となる大統領主席補佐官には、共和党主流派との橋渡しとしてラインス・プリーバス共和党全国委員長を指名したが、新たに同レベルの重要ポスト「主席戦略官兼上級顧問」を設け、選挙戦で最高責任者を務めたスティーブン・バノン氏を起用した。バノン氏は白人至上主義者とオルタナ右翼(従来の右翼とは異質なネット右翼)メディア「ブライトバート・ニュース」の元会長。「右翼扇動者」の政権入りに、共和党内部からも疑問の声が上がった。
さらに国家安全保障担当の大統領補佐官にも、陰謀論好きで「イスラムはガンだ」などの過激な発言でオバマ大統領に解任されたマイケル・フリン元国防情報局長を指名。同氏はしばしばトランプ氏の政治集会で、聴衆とともに「Lock her up!(クリントン氏を)逮捕、投獄せよ」と叫んでいた人物だ。
そして、トランプ氏の長男のドナルド・トランプ・ジュニア、次男のエリック、娘のイヴァンカと夫のジャレット・クシュナー氏は、今もトランプ氏の相談相手として大きな影響力を持ち続けている。
「トランプ流」で社会規範がうやむやに?
トランプ次期大統領は、ことごとくこれまでの社会軌範からはずれた行動をとってきた。過去の大統領候補者が公開してきた納税状況も、非公開のまま。自らの事業と大統領職の利益相反を避ける体制を12月15日に記者会見で発表することになっていたが、直前に発表を延期。トランプ企業体を運営する息子、娘も政権移行チームの一員として、さまざまな会合に参加しており、利益相反の懸念が広がっている。
長年「一つの中国政策」をとってきた米国で、唐突に台湾の蔡英文総統と電話で会談したことをツイートして中国を刺激し、国家安全にかかわる毎日のブリーフィング(オバマ大統領も毎日受けている)について、「同じ話を何度も聞かなくとも、自分にはすべてわかる」として、ペンス次期副大統領に代理で聞かせている。
ロシアがサイバー攻撃を通して大統領選挙に干渉したという米中央情報局(CIA)の結論に対しても「ばかばかしい」と一蹴し、トランプ氏は逆にCIAを批判。同氏はプーチン大統領と良好な関係を築けると自負している。さらには「世界が核兵器に関して分別を取り戻すまで、米国は核兵器を大幅に強化、拡大しなければならない」とツイートし、軍拡競争を認める発言をして側近らを慌てさせた。
The United States must greatly strengthen and expand its nuclear capability until such time as the world comes to its senses regarding nukes
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2016年12月22日
挑発的で、人騒がせなツイートが次期大統領から繰り出されるたびに、側近らがトランプ氏を擁護すべく、その「真意」をメディアで説明する。記者がトランプ氏の考えについて、本人に自由に質問できる記者会見は開こうとしない。民主主義を誇る米国で、こんな状況がいつまで許容されるのか。
しかし、トランプ氏の破天荒な言動があまりに多すぎて、一時的に批判をあびても、人々の注目がすぐ次の騒ぎに移ってしまい、大きな議論につながらない。「Just being Trump(単にトランプ流でやっているだけ)」と、今のところはそれで通用してしまっている。
選挙に出馬する政治家にとって、差別的な発言やデマ、一貫しない言動や言行不一致、親ロシア的な態度、秘密主義、利益相反などは、どれ一つとっても致命傷だった。しかしトランプ氏のそうした行動については、トランプ支持者は気にもとめず、変革ができるリーダーの証と解釈するのだ。
恫喝と、でたとこ勝負のリーダーシップ
トランプ次期大統領は「アメリカ第一主義」、「ビジネスを繁栄させる規制緩和や大幅減税」、「軍事力の強化」、「インフラへの大型投資」などを明言しているが、保守、リベラルといったイデオロギーは持たず、連邦議会を支配する共和党主流派の考えとすべてが一致するわけではない。「かつての米国を再び」というスローガン以外の政治哲学やビジョンは見えてこない。
トランプ氏が自分の事業と同じ手法での統治を考えているなら、「まず恫喝し、相手次第の出たこと勝負で交渉する」といったところか。これまでの米国社会で経済的に取り残され、大きな不満をためている市民が多数いることは事実だ。かれらはトランプ氏に希望を託している。しかし異質なものを攻撃し、排除し、国を閉ざすことが、本当に「素晴らしい米国」再生への道なのだろうか。「美しい日本」への回帰を声高に掲げる安倍首相が、各国首脳が静観する中、真っ先に会見し、「価値観を共有する」と語ったことの意味を考えてしまう。
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