Post-truth(ポスト真実)の時代
英オックスフォード辞書は、今年の言葉として「Post-truth(ポスト真実)」を選んだ。英国のEU離脱、そして米国でドナルド・トランプ新大統領を誕生させた社会状況の反映といえる。黄色い「うれし泣き顔の絵文字」が選ばれた昨年が、まるで遠い昔のことのようだ。
同辞書はPost-truthを「世論形成において、個人的な感情や信条の方が、客観的な事実よりも影響力が強い状況を示す」言葉と定義している。昨年以来、「ポスト真実」という言葉の使用頻度は2000倍増えたそうだ。
完全なる客観報道が存在するかどうかは別にしても、ジャーナリズムは人々が正確な情報を十分に得た上で判断できるように、事実、真実を伝えることを使命としてきた。少なくとも、故意に嘘を伝えるのはジャーナリズムではない。しかし、人々が事実に基づく情報に価値を見い出さず、不信感だけが大きくなったら…これがPost-truthの時代であり、近年の米国で筆者が感じ続けてきた懸念である。
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自分の主義にあったメディアだけ利用
ニュースと娯楽の境界線があいまいになったと言われて久しいが、米国では保守、リベラル色がはっきりしたケーブルTV局や、リベラルに対する暴言を売り物にするタカ派のトークラジオが中心的存在になってしまった。さらにここ数年は、ニュースの情報源をインターネットとソーシャルメディアだけに頼る人が大幅に増えた。最近のピューリサーチセンターの調査によれば、米国では44%の人が、ソーシャルメディアを通してニュースを読んでいる。
私は圧倒的に保守色の強いテキサス州に住んでいる。保守派の同僚は大学を出た管理職レベルであっても、情報源は保守的なケーブルTVやトークラジオとインターネットだけ。テレビの三大ネットワークのニュースや、大手新聞を含むそれ以外のメディアは「リベラル偏向のプロパガンダなので見ない」と、大真面目な顔で言う。
逆にリベラル系のニュースしか見ない人も多いので、考え方の違う人同士が集まっても社会問題に対する根本的な認識があまりにかけ離れていて、会話がかみ合わない。民主主義の理想は、様々な考え方を持った人達が自由に情報交換をし、自らの考えを深めていくことだが、現実には、保守派もリベラル派も自分と同じような考えの人達だけと話して盛り上がるというのが日常風景だ。
フェイク(インチキ)ニュースの氾濫
特に、今回の大統領選挙戦では、政治風刺を超えた想像できないレベルのフェイク(インチキ)・ニュースが巷に氾濫した。
オバマ大統領に関しては、長い間「外国生まれであり、大統領の資格がない」というフェイクニュースが飛び交い、ドナルド・トランプ氏も今年9月まで、オバマ大統領の出生地を疑問視する発言を続けていた。
昨年11月21日にアラバマで行われた集会でトランプ氏は、9/11のテロに関し「世界貿易センターが崩れ落ちていくのを、ニュージャージーのジャージー・シティでは何千人もの人が歓声をあげて見ているのを私は見た」と発言。翌日、ABC局の時事番組This Weekで、ホストのジョージ・ステファノプロスに「警察はそんな事実はないと言っていますが」と質されても、トランプ氏は「テレビでやっていたよ。私も見た。ジョージ、あの時はどのテレビ局も取り上げていたよ。ニュージャージーで沢山のアラブ人が、建物が崩れ落ちていくのを見て歓声をあげていた。まずいね」と言った。
当時、ニュージャージー州の一部で9/11の攻撃をアラブ系アメリカ人が祝っているという風評が流れたが、アラブ系が集まっていると通報を受けた警察官が現場で見たのは、祈りをささげている人々だった。それでも事実とは関係なく、こうした情報がトークラジオや保守派のメディアには氾濫するのだ。
大統領選挙直前の11月5日には、デンバー・ガーディアンという情報源で「ヒラリー氏の電子メール疑惑をリークしたFBI捜査官と妻が死体で発見」というニュースが、フェイスブックに浮上した。デンバー・ガーディアンというメディアは存在せず、架空のFBI捜査官についての完全な創作ニュースだが、フェイスブック上で56万回以上もシェアされた。
ソーシャルメディアにより、誰もが情報を発信、拡散できるようになったが、こうしたプラットフォームには情報の信憑性を判断する役割も意図もない。今やインターネット上には、訪問者数やクリック回数増による広告収入を目的に、センセーショナルなフェイクニュースを掲載する個人のサイトが無数にある。
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事実確認をしないトランプ支持者
そうしたフェイクニュースのウェブサイト運営で収入を得てきたポール・ホーナー氏は、「自分がトランプを当選させてしまったようなものだ」と話す。
ホーナー氏はワシントンポストの取材に対し、「調べればすぐに嘘だとわかるので、そんな嘘を拡散する人が最後は恥じをかくはずなんだ。それなのにトランプ氏の支持者は、事実確認などしないで、どんどん拡散する。そしてトランプが本当に当選してしまった。私はアンチ・トランプ。トランプ氏の選挙運動を弱体化させるのではなく、助長する結果になってしまい残念だ」と話した。
その一方で同氏は、「この商売を6年やってきたが、事実確認などしない共和党右派はどんどんサイトの広告をクリックしてくれる」ため、トランプ政権は自分の商売にとっては有利だと話す。「トランプ氏がイスラム教徒にバッジをつけようとしているとか、イスラム教徒の空港入場を禁止するとか、滅茶苦茶なフェイクニュースを書いても、トランプ支持者は同調するんだから!」
フェイクニュースの拡散場となってしまったGoogleとフェイスブックは、先週、広告プラットフォームから、フェイクニュースのサイトを追放すると発表した。
ツィッターはペンより強し
ソーシャルメディアの影響を受けたのは、選挙民だけではない。トランプ次期大統領本人も今回の選挙戦ではツィッターを使いまくり、フェイスブックとツィッターが何よりの武器だったと話した。暴言や虚言など、昼夜にわたり物議を醸すツィートをし続けたトランプ氏のツィッターには、1500万人以上のフォロワーがいる。
Wow, Twitter, Google and Facebook are burying the FBI criminal investigation of Clinton. Very dishonest media!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2016年10月30日
候補者の発言内容の真偽を確認するファクト・チェックによれば、トランプ氏の発言やツィートの約7割は事実に反する。しかしトランプ氏の支持者らは、同氏のそうした発言を「嘘だという証拠はない」、「主張を分かりやすくするためのレトリック(技法)で誇張しているだけで、そんなことは問題じゃない」と、トランプ氏を擁護するのだ。
ギャラップ社が9月に発表した調査によれば、マスメディアのニュース報道に対し、とても、または、ある程度信頼していると答えた人の割合は、ギャラップ調査史上最低の32%だった。特に共和党支持者の信頼度は、2015年の32%から14%へと急落した。
正確な事実を伝えようとするプロフェッショナルによる報道と、特定のイデオロギーを宣伝するメディアやツィッターの情報、フェイクニュースが、同じ土俵で比較される「ポスト真実」の時代になってしまったようだ。
失墜するプロフェッショナルの価値
今回の大統領選挙では、アンチ・エスタブリッシュメント-既存体制の否定―がキーワードとなった。エスタブリッシュメントを既得権益層と訳されているのを目にするが、それだけではなく、プロフェッショナルに対する信用の失墜だと思う。
確かに米国には、生活環境が向上しないばかりか、職がない、生活がより苦しくなったという不満が怒りに変わった人々が大勢いる。プロフェッショナルな政治家の活動も、プロフェッショナルな記者達の報道も、自分達の生活の役に立っていない。もはやプロフェッショナルなど、信頼できないといった気持ちが、トランプ次期大統領を生んだのではないだろうか。
トップ写真:©Michael Candelori
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