ドイツを代表する自動車メーカーのフォルクスワーゲン(VW)ブランドで売上ナンバーワン(個数ベース)が何かご存知だろうか。車ではない。VW自家製カレーソーセージである。従業員約5万人を誇るドイツ北部の本社ヴォルフスブルクの社員食堂で、カレーソーセージの提供を数ヶ月前に取りやめたことが最近明らかになり、議論を呼んでいる。
自家発電設備もあるVW本社©Riho Taguchi
絶品カレーソーセージは豚の飼育から
カレーソーセージとは、ソーセージにケチャップとカレー粉をふりかけたもので、ドイツで最も人気のある大衆料理である。VWはもともと社員によいものを食べさせたいと、福利厚生の一環として自家製ソーセージの製造を始めた。専用農場で飼育した豚を原料に、1973年から本社敷地内の専用工場で製造しており、車の部品と同じく製品番号がつけられている。そのおいしさが評判となり、今では社員食堂だけでなく、VWショップや一般スーパーでも販売している。2019年の売り上げは700万本で、なんとVWブランドの車販売数630万台より多かった。
ドイツでは朝と夜はハムやチーズにパンといった冷たい食事(コールドミール)で済ませる人が多く、昼に肉料理をモリモリ食べるのが一般的である。昼食は1日で一番重要な食事であり、肉体労働をしている製造現場の社員は、カロリーの高い濃厚な料理を求める。そのため今回の決断に、名物カレーソーセージとポテトフライを楽しみにしていた社員たちから悲鳴が上がっている。
かつてVW監査役だったシュレーダー前首相も「自分がまだ 現役だったら、こんなことはさせなかったのに」と苦言を呈し、 「ベジタリアンがいいのはわかっているし、自分もときどきそうしている。けれどカレーソーセージを取りやめ? それはだめだ!」とSNSに書き込んだ。VWは、地元の州政府がその株式の20%を所有しており、シュレーダー前首相は同州の知事でもあったことからVWとなじみが深く、カレーソーセージのおいしさを知っている。
スーパーでも売られているVWカレーソーセージ ©Riho Taguchi
肉を食べないことで、気候危機対策?
なぜ、一番人気のカレーソーセージが食べられなくなったのか。気候危機対策の観点により、生産過程でCO2排出の多い肉の消費を減らし、野菜を食べることで気候変動の影響を少しでも減らそうというもの。週に一回出されていたカレーソーセージは社員食堂から消え、かわりにベジタリアンソーセージが出されている。広報担当者は「ベジタリアン料理を望む人が増えているため」と理由を述べる。「本社食堂以外では引き続きカレーソーセージを提供している」と今一つ歯切れが悪い。
広いVW敷地内にいくつもある軽食スタンドや、他都市の工場ではこれまで通りメニューにある。 ドイツでもベジタリアン料理を好む人は増えており、特に気候変動阻止や動物保護の視点から若者の間でベジタリアンが増えている。肉食を減らし、菜食を増やすのは時代の流れだろう。しかし、冷暖房の効いた快適な職場で頭脳労働をしている幹部たちが「持続可能な社会のため、地球温暖化防止のため」と、 週に1度の社員の楽しみを奪っていいのだろうか。
VWではこの夏休み明けから、社員食堂の約150のメニューすべてを肉なしとする予定だという。VWの決断は新聞各社で取り上げられ「CO2を排出する車を作っているのに、社員にはベジタリアン料理を強制するのか」「社員食堂じゃなく、別のところに食べに行く人が増えるだろう」など、さまざまな声があがっている。