音楽が冷戦を超えた伝統を継承
米国テキサス州フォートワース市で、第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの予備審査が始まった。
予備審査の参加者にはロシア生まれの15人と、ウクライナ生まれの1人、そして2人の日本人も名を連ねている。ロシアがウクライナ侵攻を開始して以来、米国は経済制裁を強化し続け企業も次々とロシアから撤退している。芸術の分野でもニューヨークのメトロポリタンオペラが今季、来季の公演でロシア出身のアンナ・ネトロプコ氏の降板を決めるといった動きが出ている。
しかしヴァン・クライバーン財団は3月3日、ロシアのウクライナ侵攻を非難する一方で、ロシア出身のコンクール参加者を除外しない方針を発表した。同財団の声明の冒頭にはこうある。
「ロシアによるウクライナ侵攻は悲痛で、非難されるべき行為である。クライバーン財団はこの蛮行に対し、毅然とした反対と非難を表明する」
だが、第16回コンクールへの参加を申し込んだロシア生まれのピアニストは、「ロシア政府の代表でもなければ、政府の支援も受けていない」として、若い音楽家を支援するというヴァン・クライバーンの使命にもとづき、引き続き参加を認める方針を表明した。
世界各国の若手ピアニストが挑むこのコンクール。今年は史上最多の388人から応募があり、ビデオ審査を通過した22カ国の72人が、フォートワースで予備審査(リサイタル)に臨む。その中から3月末に選ばれる30人が6月の本選に進むことになる。2009年の第13回コンクールでは、全盲のピアニスト辻井伸行氏が日本人で初の優勝者となったことを記憶する読者も多いだろう。
2017年に亡くなったピアニストのヴァン・クライバーンは、米ソの冷戦真っただ中の1958年にモスクワで開かれた第一回チャイコフスキー国際コンクールに参加。ソビエトの優越性を誇る目的で企画されたこのコンクールで、アメリカ人であるにもかかわらず23歳にして優勝した。
1962年にはヴァン・クライバーンの住むテキサス州フォートワース市で、同氏の名を冠した国際コンクールが設立された。優勝者には高額賞金と世界各地でのコンサート・ツアーの権利が与えられる。同財団にはコンクール参加者から、「音楽に平和と愛を伝える役目を果たす機会を与えられることを切に願っています」などのメッセージが寄せられているという。
しかしロシアによる侵攻が長引き、激化するにつれ、音楽だけに集中することは難しくなる。3月8日に予備審査の演奏をしたウクライナ出身のドミトリ・チョニ氏は地元の公共ラジオ局の取材に対し、「どうしてもウクライナにいる親や家族のことを考えてしまうけど、とにかく、今日のこと、自分の演奏に集中しようと努力しています」と答えている。
一方、クライバーン財団のマルキースCEOは、ロシア出身のコンクール参加者にはメディアからの取材を受けないよう助言しているという。これについて、2005年の優勝者で今年はコンクールの審査員を務めるアレキサンダー・コブリン氏は説明した。
「若い音楽家がプーチンを擁護すれば、キャリアがなくなる。しかしプーチンを批判すれば、ロシアにいる家族はもとより、自分自身の命も危ない。『戦争は無用だ』と言っただけでも逮捕される。単に罰せられるのではなく、何か言ったらそれで人生が終わりなんだ」
独裁政権下で多くのロシア出身者もまた、何も言えない苦悩を抱えている。
一日も早く停戦、そしてロシアによる侵攻が終わりを告げない限り、今年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでは、平和と安全を求める祈りにも似た演奏が続くことだろう。