今年2月に議員立法で提出された特定生殖補助医療法案が、ありえないスピードで審議可決されてしまいそうなことをご存知だろうか。
第三者からの配偶子(精子・卵子・胚)提供による不妊治療は、これまでも産婦人科学会によるガイドラインに基づいてすでに多数行われてきた。しかし、そのルールを規定する法律はないままだ。だから、安全な手続きを定め、人権保護の観点を十分に取り入れた、しっかりした法的な枠組みを整備することは急務だ。
だが、自民、公明、国民民主などが、今国会で乱暴に可決してしまおうと異様に急いでいるこの法案は、あまりにも問題だらけ…。
まずは、その対象が「既婚カップル」に限られ、すでに200万組もいると推定される事実婚カップルや、パートナーシップ条例の普及で今では増加の一途をたどるLGBTカップルなどには適用されないどころか、なんと事実上「禁止」され、たとえば有償の精子バンクなどを利用した当事者には刑事罰まで科されうる。刑罰は、治療を施した医療機関にまで及ぶというから、心ある産婦人科医も看過できない。
ドナーの情報は、国立成育医療研究センターに100年間保存されるとされているが、生まれた子供がようやく成人に達して求めると、提供されるのは、どうやら身長と血液型と年齢だけとはあまりにお粗末。健康や生命に係わるような遺伝病やアレルギー情報や、近親婚を未然に防ぐためのDNA情報などは、把握する予定もなく、だから提供されるわけもない。
第三者ドナーを利用した不妊治療が、すでに確立されてごく当たり前に安全に実施されている国は世界にはいくらでもある。「いいわ、それなら外国に行ってやってくるから」「私は海外在住だから関係ない」「私たちは国際結婚だから大丈夫」と思うかもしれない。
でも、ちょっと待って。当事者が日本国籍である限り、海外では合法で安全な治療を受けても、その治療費やコーディネート料金の中に「報酬」の授受が組み込まれていれば、国外犯適用の対象は「結婚」しているカップルにも及びうるという。諸外国では、程度の差こそあれ、善意のドナーに対しても、交通費や時間拘束への手当が含まれることが望ましいとされているので、それまでも国外犯の容疑とするというのだろうか。
このあたりの細則は法案通過後に速やかに決定されるらしいので、あいまいなまま可決されてしまえば大変なことになりそうだ。
選択的夫婦別姓を可能にする法案は、30年以上も棚上げされて、国会に上程すらされていないというのに、問題だらけのこの特定生殖補助医療法案だけが、脅威のスピードで通されようとしているのは何故なのか。すでにこの国に何百万人もいる当事者の声も聞かずに。不気味ですらある。
知らない間に犯罪者にされ、生まれた子供が犯罪者の子供呼ばわりされないように――(夫婦別姓待ちなどの理由で)事実婚の人も、LGBTの方も、そして海外組も、今、しっかり声をあげていないと、とんでもないことになってしまうかもしれない正念場だということ、知っておいてほしい。