交通事故で、夫と2人の子供を一度に亡くす。4人家族が、突然1人になる。本作の『4マイナス3』“Vier minus drei“ というタイトルは、この過酷な状況をそのまま言葉にしたものだ。自分も家族を持つ身としては、本音をいえば見に行くのが少し怖かったのだが、この題材を取り上げた作り手たちの思いに触れたくて、勇気を出して映画館に足を運んだ。 4人から突然1人に バーバラ(ヴァレリー・パフナー)は、「クラウン・ドクター」として病院に勤務している。子ども達が大好きなクラウンに扮し、入院中の子供たちの前で道化を演じて心身のケアを支援する仕事だ。子供たちの反応は良く、仕事はやりがいがある。家ではクラウン仲間でもある夫のヘーリ(ロベルト・シュタートローバー)が、主夫として2人の幼い子供たちの面倒を見ている。平凡だが愛のある、幸福な生活だった。 ある日の仕事からの帰路、バーバラは親友のザビーネ(ステファニー・ラインスペルガー)から電話を受ける。一家のマイカーである黄色いヴァンが踏切で事故にあったようだと。揺れ動く心でザビーネの家に到着したバーバラは、ザビーネからヘリが死んだと聞かされる。重傷で病院に運び込まれた子供たちも、ほどなくして次々と息をひきとる…。 ヘーリの訃報に接したバーバラの表情は凍り付いたままだ ©AlamodeFilm_Polyfilm 本作は、突然1人になったバーバラが、強いられた過酷な状況と向き合い、家族を悼み、泣き、そして笑いながら再び生きる勇気を取り戻していく過程を綴る映画だ。実話に基づいており、バーバラ・パッフル=エバーハートによる原作はオーストリアでベストセラーになった。ドイツとオーストリアの合作で完成した映画は2026年2月のベルリン映画祭で初上映され、「パノラマ・オーディエンス賞」の2位を獲得している。 明るく賑やかな葬儀 事故の直後、ザビーネは帰宅したバーバラを強く抱きしめるが、バーバラの表情には変化がない。重傷を負った子供たちの容態を医師から聞いても、その顔は石のようにこわばったままだ。悲しみや怒りに翻弄されるのは、むしろ何週間も経ってからだった。それがひととき収まり、家族との幸せな日々を思い返しては微笑み、また心の痛みに耐え切れず泣き叫び、沈黙する。『名もなき生涯』(2019)で注目された主役のパフナーが、群を抜いた演技力で、上映時間中ずっと観客をくぎ付けにする。感情の嵐の間に、バーバラが家族と過ごした平凡な日常や、子供たちが通っていた幼稚園の園児たちとの交流や、新たな異性フリードリヒ(ハンノ・コフラー)との出会いなどの出来事が織り込まれる。 バーバラとヘーリ。主役を演じた2人はオーストリア映画界を代表する若手たちだ。本作でクラウンを演じるため、道化やジャグリングなどの集中トレーニングを積んだ ©AlamodeFilm_Polyfilm 重すぎる映画のテーマと裏腹に、作品を観終わった後に記憶に残るのは、バーバラが無表情と号泣の間に見せる、悲しみと明るさを同時に浮かべた穏やかな表情だ。2歳の娘フィーニが集中治療室に入っている間、バーバラは外の明るい木漏れ日に魅了され、元気だった頃のフィーニの声を風の中に聴く。幸福だった日々を思い、娘の快復を信じて、口元に柔らかな笑みを浮かべる。 家族の葬儀で、バーバラはクラウン仲間を大勢招き、ヘーリの好きだった歌を大声で歌い演奏しながら、3人の棺を賑やかに教会から墓地へと運ぶ。それが故人の意にかなうと信じているからだ。クラウンたちのカラフルな衣装、行進する一隊の力強い演奏と歌声、そして毅然と前を向いて歩くバーバラの表情で胸がいっぱいになる、詩情あふれるシーンだ。 過去と現在は共存する バーバラは長い苦悶の末、「自分はまだ生きている。この生に連なっていたい」と強く願う。それは単純な楽観主義でも、自分に強いるドグマでもなくて、何が起ころうとも自分の生を肯定するのだ、という固い決意だ。悲しみと喜びを裏表として受け止めることは、まさにバーバラとヘーリの夫婦がクラウンとして実践してきた生き方だった。クラウンの白い役者化粧ドーランに隠された表情は、面白おかしく見えると同時にメランコリーを伝える。笑いと涙。ユーモアとペーソスが共存している。 バーバラはヘーリの道化を路上で見て、「クラウンになりたい」と即座に弟子入りした ©AlamodeFilm_Polyfilm アドリアン・ゴイギンガ-監督(『世界で一番の幸せ』2018)は、物語を時系列でなく、フラッシュバックの形で構成した。バーバラとヘーリの出会いと恋、クラウンの修行時代、子供たちの誕生、家族との愛に満ちたひとときといった思い出が、事故直後のバーバラのショック状態や、家族を失った彼女への同僚の心ない対応や、生きていることを感じたくて試みた一夜の情事などと入れ替わりながら語られる。2時間という上映時間を長く感じさせないのは、この手法によるものだ。 このオルタナティブな時間の流れの中では、バーバラの過去と現在がシンクロする。彼女の人生が家族の死の瞬間から悲しみ一色になってしまうのではなく、その前に確かに存在した歓びの年月が、その後の人生にもずっと寄り添うのだと伝えてくる。過去と現在、痛みと喜びの両方は、常に人生の両面だ。その思いがあってこそ、バーバラはこれからも生きていけるのだ。 主役の2人は素晴らしい演技で観客を納得させるが、ドイツから参加した脇役陣も豪華だ。バーバラを気遣う親友のザビーネを演じたステファニー・ラインスペルガー(『怒りの炎』2021)、バーバラとの関係を慎重に築いていくフリードリヒ役のハンノ・コフラー(『ある画家の数奇な運命』2018)、集中治療室で子供たちを見守る医師役のロナルド・ツェアフェルト(『バビロン・ベルリン』シリーズ)らは、ドイツ映画界では主役級の実力派だ。感情を100%表現する主役パフナーの独壇場になりがちなこの作品で、彼ら脇役がバーバラを静かに支える人物像を演じることで、観客をしばしほっとさせる休憩時間のような効果を生んでいる。 バーバラのクラウン名は「ハイディ・アッペンツェラー」。風船と一緒に家族を天に送る ©AlamodeFilm_Polyfilm 微笑んで見送る 夫ヘリの十八番は、なぜか石のように重たい風船と格闘する道化だった。本作のラストシーンでは、バーバラが赤鼻のクラウンに扮し、舞い上がろうとする赤い風船を引き留めようとする。この場面で、私はドイツ語のloslassenという動詞を思い浮かべた。しっかり握ってきたものを放す、身体の力を抜く、といった意味だが、死に瀕した人に、「もう楽にしていい。逝って大丈夫だよ」(“Du kannst jetzt loslassen“)とかける、最後の言葉にもなる。 しばらく風船と戯れた後、バーバラは風船に結わえた紐を解き、解放されてゆっくり上空に上っていく風船を見送る。その口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。風船と一緒に、3人の家族を解き放ち、本当に天上へと送ることができたのだ。悼みはこれからも続く。でも、バーバラは涙が常に微笑みに伴われていることを知っている。 https://youtu.be/Gaa2PWipOLA?si=qbh_n8fC53_2t2yt