5月19日現在、スウェーデンのcovid-19感染者は30,799名、その内1,873名が治療中、死亡者数は3,743名(スウェーデン公衆衛生庁)となっている。同じ北欧諸国でも、死亡者数はデンマークの551名やノルウェーの223名(Johns Hopkins coronavirus resource center, 19th May)に比べると桁違いに多い。それでもスウェーデンは他のEU諸国のようにロックダウンや医療崩壊することなくcovid-19の難局に立ち向かっている。死亡者数が増加を続けていた4月中旬には「小学校も休校にすべき」など、国内の科学者たちからは、国に対し、より厳格な制限をせまる声明なども出されたが、国民の多くは声高に政権を批判することもなく、今でも暮らしには落ち着きさえ感じられる。なぜだろう?
自ら判断して行動する大人の国
3月に発表された政府から国民への要請には、不要の外出を避ける、50名以上の集会(コンサート、スポーツイベント、夏至祭など)の禁止、高校・大学は自宅でディスタンス授業とするが、社会機能を維持するために保育園・小中学校は継続とし、レストランやバーは、自分で料理を皿にとるビュッフェや立食は禁止だが、着席でのサービスなど対策をとれば営業を続けてもよいなど、具体的で細かい指示がもりこまれ、今日までロックダウンはされず緩やかな規制を継続している。
<ロックダウンはしないものの、通常なら読書会やコンサートなど催し物のお知らせがたくさんある図書館でも、今年5月と6月は全ての催しがキャンセルされている©Tina Tanaka>
同時に、防衛手段として医療機関では院内感染を防ぐため、発熱などの症状を伴い病院を訪れる人は、まず臨時に設営したテントに誘導され、体温や症状を検査するという。また、感染拡大に備え、軍隊が感染者隔離用テントやベッドを提供する準備も施されてきた。その結果、5月後半になっても、Covid-19による死亡者数が減少傾向にならないにもかかわらず、政府は対策の基本方針の変更を考えてはいない。
<Covid-19パンデミックに備えて、Gothenburgの東病院の外側に軍が建造した緊急集中治療室ユニット、3月23日 © Helén Sjöland – CFCF, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=88671004>
理由のひとつに、スウェーデンの死亡者の大多数が70歳以上、また日によっては感染者のうち半数近くが高齢者ケア施設の関係者であったことが挙げられる。3月31日、政府は高齢者施設への訪問禁止を発表し、感染場所のひとつとして特定された高齢者施設の関係者を中心にPCR検査を進めてきたが、現在に至るまでCovid-19が原因で亡くなる方はゼロにはなっていない。外部からの訪問者を禁止し、利用者を建物内に隔離しているのに感染が止まらない背景には、介護者用の手袋やエプロンなど防護備品の不足などの問題が浮かび上がっている。
最新データを毎日更新
スウェーデンに暮らす人たちの多くが政府の判断と対応を受け入れは、長年培われた市民と政府の信頼関係があればこそ成り立っている。信頼関係構築のカギは二つ――政府の科学的根拠に基づく透明度の高い情報公開と、自ら考え、判断し、自分の行動に責任を持つスウェーデンの国民性にあると考える。
政府はスウェーデン公衆衛生庁による科学的データ分析の支援を受け、国民および居住者に対して決定や要請事項を発信している。政府の対応方針は、「必要な人に必要な医療が適切に提供することができるよう、医療崩壊を防ぐため、感染者数の急激な増大を防ぐこと」とし、3月22日、レーベン首相が国の方針と難局を乗り切るための協力を語りかけて以来、ぶれることなく継続されている。
そして、公衆衛生庁は、専門家グループをリードする国の疫学者アンダース・テグネル氏らが参加する記者会見を、毎日午後2時に開催して最新情報をアップデートする。手順は最初に世界、そして全国の患者数、集中治療室の使用状況などを数字で報告。続けて具体的な感染防止方法、こまめな手洗い、咳エチケット、ソーシャルディスタンス、不要な外出を避ける、目鼻口を触らない、70歳以上の高齢者に接触しないなど、ウイルスが伝染する機会を避け、医療崩壊が起こらないよう各人が協力できる事柄を繰り返し伝えている。毎日聞いていると「ああ、またか」と思うこともあるが、長引く自粛状況に慣れ過ぎてともすればうっかり忘れてしまいそうな基本対策を自覚することができるし、専門家がこれほど繰り返すのだからよほど大切なポイントなのだろうと、信頼も深くなる。
<毎日の会見で、記者の質問に答えるアンダース・テグネル氏 ©Frankie Fouganthin – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=89297849>
公衆衛生庁による戦略や対処法の説明は、科学的データに基づいた根拠を提示するので理解しやすい。さらに疑問があれば、個人で確認できるよう信頼できる情報ソースを準備しているのも心強いかぎりだ。また、首相をはじめ関連大臣などによる政府の記者会見でも、たとえば、受けた質問について答えが準備できていなければ、質問をはぐらかさず、その件についてはわからないと説明し、その後データを確認して迅速に対応する。国がデータを公開し、丁寧な説明を重ねることで、私たちは不安から自由になり、安心して安全を手に入れることができる。だから国の要請に積極的に協力する。政府や専門家の真摯な対応が信頼を獲得し、人びとは国の方針を理解し、納得して実践するのである。
加えて、スウェーデンでは小学校の頃から、情報ソースを確認することを学ぶ。言われたことを鵜呑みにするのではなく、信頼のおける正しい情報を見極めて獲得する。そして、出どころが信頼できる情報に基づいて自分で判断するような訓練を子どものころから受けるので、大人になってもことがおこれば、それぞれが理解し、判断して行動することができるのだ。自分で納得して行動しているから、見えないウイルスを必要以上に怖がらず、毎日を過ごすことができるのだと思う。
マスクの着用率が低いわけ
これまではマスクとは無縁であった欧米諸国でさえも、コロナ禍ではほどんどの人がマスクをつけているという。スウェーデンでは、今も、街を行く人を見てもマスク着用者はほぼ皆無だ。たとえば、私が住んでいる地方の街の薬局では、今でも、日本で販売しているような使い捨てマスクは見当たらない。市販されているマスクとしては、建築資材店などで有毒なペンキやほこりなどに対応するものが扱われている程度だ。公衆衛生庁もマスク着用は奨励していない。理由は、扱いに慣れていないマスクをすることで必要以上に目鼻口などに触れ、かえって感染リスクを高める可能性があるからだ。汚れたマスクをいじった手で、気づかないうちにあちこち触って感染を広げるよりも、手洗いや人との距離をとるなど、コロナウイルスが物理的に移らないための方策に注力したほうが賢明なのだという。日本の人なら使ったマスクを汚れた部分を触ることなく捨てる方法も身に着けていると思うが、初めてマスクを使った人にはマスクの扱いは一筋縄ではいかないのかもしれない。
<コロナ禍で、店へのアクセスをよくし、迅速に買い物をすませて帰宅できるように、街の中心広場は無料の駐車場として開放された。ランチタイムには、1.5mのソーシャル・ディスタンスをとらずに座り、日光浴をたのしむ姿も見える ©Tina Tanaka>
平等な情報伝達でフォロー
さて、スウェーデンは難民や移民を受け入れてきたことから、スウェーデン語を母語としない移民は、昨年には総人口の約一割となっている。コロナ禍の初期段階では公衆衛生庁のホームページでは、スウェーデン語以外に英語、ドイツ語など数か国語にしか対応していなかったため、スウェーデン語を得意としない移民たちに情報が行き渡らず彼らは不安を招いていた。さらに、政府は随時Covid-19関連情報を、感染症、森林火災、原子力発電所などの危機管理についての情報を発信するホームページからも発信しており、国が責任を持つ情報として周知されている。
参考:
スウェーデン政府公衆衛生局のトップページはこちら
スウェーデンで活躍する移民出自の若いジャーナリストN. Kino(キノ)さんが多国語対応で展開するコロナ情報発信サイトはこちら。それぞれの言語・出身背景から影響力ある著名なスポーツ選手や歌手、役者、モデルなどがそれぞれの言葉で発信。異なる背景を持つ移民層は、自身に背景の近いインフルエンサーに注目するのだという。
<トップ写真:Äppelvikenのカフェの立て看板。Covid-19パンデミック中の入店注意事項を明記して営業を続ける。5月13日©Tanzania CC BY-SA (httpscreativecommons.orglicensesby-sa4.0)>