それはコロナから始まった。多くの国がそうであったように、2020年春、ドイツも初めてのロックダウンに踏み切った。世の中が、感染者数の増加に戦々恐々としていたとき、こどもや若者たちにはまだこの病気はそれほど広がっていなかった。とはいえ、授業はオンラインへ切り替えることになり、ドイツでは学校はデジタル化が遅れていたので、まずはその対応に追われた。
初めてのオンライン授業。指導も手探りであまり興味深いものとは言えず、時間数も平常に比べると不足がちで、生徒たちは家で退屈していた。食品や医療品を売る店以外全部閉まっている。遊びにも行けない。「じゃあ、うちで何かしようよ」。すべてはそこから始まったというレオンに「Moonbar」の話を聞いた。幼いころから、自分の会社を興すのが夢だったという彼は、突然ふってわいた時間の有効活用を考えた。
ヴィーガン・スナックバー「Moonbar」を開発した高校生トリオ 左がアリーナ、右がクリスチャン、そして真ん中がレオン ©Moonbar
友だちのアリーナに自分の計画を話す。「おもしろいね。やってみようよ」。そこにクリスチャンが加わった。まずはアイディア探しから。小腹が減ったときに、ちょっとつまめるおやつ。甘すぎず、健康志向で、オーガニックでサステナブルなヴィーガンスナックを開発しよう!
そこで彼らはさまざまな材料、さまざまな組み合わせで、自分たちの家の台所でスナックバーを作り始めた。ケーキ作りが大好きなアリーナのおばあちゃんも、若者たちががんばっているというので、レシピ作りを手伝った。家族たちが、何度も試作品を食べさせられたことは言うまでもない。
試行錯誤を重ねて、最初のスナックが出来上がった。ココナッツ、ドライデーツ、アーモンドにカシューナッツ。それにヴィーガンのチョコレートコーティング。自分たちで包装し、まずはオンラインショップで販売を開始した。
しばらくして、自分たちの試作品を料理学校とタイアップしてレシピ通りに作ってもらうことに成功した。
高校生らしい明るい色合いを組み合わせたパッケージ。まずはデーツ・ココナツ味のミュズリ・スナックバーから ©Moonbar
そして、TVコンテスト「ドイツでイチオシ!レシピ」のスナック部門に応募してみたところ、運よく採用された。この番組はドイツの大手スーパーとタイアップしている。1位は逃したが、フィナーレには出場できたので、このスーパーのオンラインショップで扱ってもらえることになった。これにより、製品の工場生産も実現し、生産量がぐっと増加した。
彼らには目標があった。彼らの住んでいるドイツ北西部のノイス市では中小企業経済同盟が主宰してイノベーションコンクールが行われる。これに出場して賞を取ることだった。この同盟は、メルケル首相の政権与党だったキリスト教民主同盟(CDU)傘下のビジネス協会で、政党主導のこの種の団体では、最大の会員数を誇る。ノイス市のそれは、ドイツ各地にある支部の一つだ。
制限時間10分のプレゼンテーションが終わると、割れるような拍手! 15歳の彼らは最年少でスタートアップ賞を受賞し、プレゼンを担当したレオンも賞金500ユーロを獲得した。
この受賞が最初で最後の宣伝とはならなかった。「10年生(高1)の3人がCEO」――地元のラジオ局の番組に出演し、地元新聞の表紙も飾り、更なる発展への道のりは続いた。
名付けて「Moonbar」。最初は「Immunebar」(免疫バー)と称していたのだが、これを食べると免疫がつくと誤解される可能性があるとして当局から再考を促され「Moonbar」に改名した。
ドイツのクラウドファンディング「Startnext」でなんと15,000ユーロ(約200万円)を集め、次のステップへ。Start-up Teensという若い世代の起業コンクールのノイス地区予選で勝ち抜き、いよいよ全国大会への出場を図る。
あちこちのコンクールに応募し続けて、ついにドイツ全体の起業プロジェクト650の中のトップ35に入った。7つあるカテゴリーでは、それぞれ5プロジェクトのライバルが凌ぎを削る。その中で、ベルリンで開催されるファイナルラウンドへの出場をみごとに果たした。
ドイツを代表するスーパーマーケットチェーンEdekaがこれに目を付け、定番取り扱い商品として販売を開始した。今では、ノイス市内では他のスーパーにも、このMoonbarが並んでいる。
陳列用のケースにも、高校生3人トリオの写真が ©Moonbar
いったいこの商品の何が評価されたのか。ドイツなど欧州の子ども達は学校にスナックを持っていく。でも、市場にあるのは甘ったるくてあまり健康的とも思えないものばかり。Z世代の高校生が好むような、素材を厳選して甘味を押さえたヴィーガンスナックは市場になかった。それなら自分達で作ってしまおうとレオンたちは考えた。どうせつくるならオーガニックでサステナブル。その上、Moonbarには取っ手(スティック)をつけて、コロナ禍でも直接手でつかまずに食べられるようにした。まさにコロナ禍に高校生が高校生のために考えた差別化が光った。
レオンに今後の抱負を聞いた。今まさにアビトゥーア(高校卒業試験)の真最中。終わったら、このプロジェクトをさらに発展させたいという。大学には直接進学せずにギャップイヤーをとって、たっぷり時間をかけて、ドイツ各地のスーパーに製品を置いてもらえるように、営業活動に専念したい。大学では国際経営学を専攻したいけれど、それはまだ先の話。まずは現場で、Learning by doingでやっていきたいというのがレオンの今の考えだ。
どんな質問にも弁舌さわやかに答えるレオンのコミュニケーション能力に圧倒された。それに、彼らのウェブサイトのプロはだしでスタイリッシュなこと。起業には不可欠なフロンティア・スピリットもさることながら、今の時代でビジネスを起こしていくために必要なのは、何よりもコミュニケーションと自己表現力なのだとあらためて認識させられた。
レオンに聞くと、学校のプレゼンやレポートで、普段から言語能力 に関しては大いに鍛えられているという。そういう高校生を育てるドイツの教育って、やはりすごいものがあるとうなってしまった。
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