7月2日急きょ思い立って、1回目の新型コロナのワクチンを接種した。当日の朝まで、まさか自分が受けるとは思いもしなかった。その日は友人がワクチン接種会場で接種を受けるというので、会場の見学も兼ねて付き添いとして同行するつもりにしていた。別の友人が一週間ほど前に接種した時、「付き添いの人も、夕方6時まで待っていれば、余っているワクチンを打ってもらえる」と聞いたというので、私も夕方5時の友人の接種に付き添い、もし余っていれば接種を受けるのも運命かと思った。
今回のワクチンについては、接種が始まってからの期間が短く、将来どのような影響があるかわからない。だからずっと受けるべきか否かの決断を、後伸ばしにしてきた。保育士や教員のママ友たちは次々に受け、またコロナにかかった友人も発病から半年間は抗体ができているとみなされるため、陰性証明書なしでコンサートや催し物に出かけられる。接種していないのは私だけで、一緒に遊びにいくには陰性証明が必要だった。ちなみにコロナ検査(簡易抗原検査)は街のあちこちにある認定検査場で1日1回無料で受けられる。そこでもらえる陰性証明書は24時間有効である。
6月から誰でもワクチン接種が可能に
街中には委託を受けた民間業者がコンテナーを設置してコロナ検査を設置している例も ©Riho Taguchi
ドイツでは2020年12月27日から正式にワクチン接種が始まり、高齢者や医療関係者、教育関係者などが優先的に接種を受けてきた。私は週数時間とはいえ大学図書館で働いているため、大学関係者として優先順位で第3グループに入っていた。第3グループには警察官など社会インフラに関する職業の人たちや60歳以上の人が入っている。5月に大学図書館から第3グループの証明書が送られてきた。しかしそれを使わないうちに、6月7日から誰でも接種できるようになった。大学に勤める知り合いが5月にワクチン会場に申し込んだにもかかわらず、1ヶ月以上も予約の連絡がこないのを横目で見ていた。一方他の同僚は、ホームドクター(家庭医)や産婦人科、小児科など、あちこちで接種を受け始めた。
友人Gに電話したとき、ワクチンの話になった。彼は60を過ぎていて、すでに1回目は済ませていた。「どうしようかなと思って」と話すと、「打ったほうがいい。Eをみてごらん、コロナで亡くなったじゃないか!」。そうだ、と思い出した。ドイツ人のEは昨年3月に日本に行き、ベルリンに戻って10日後に発症した。何週間も集中治療室にいたが、亡くなってしまった。それがコロナの恐ろしさを初めて実感した瞬間だった。日本で会った人たちは誰も発症しなかったので、たぶん空港、またはベルリンで感染したのだろうとみんなで話した。
とりあえず接種会場の様子を見て、心の準備ができ、たまたまワクチンが余っていれば接種するかもしれないし、余っていなければそれでいいと思った。けれどワクチン会場に勤める知り合いがその日の朝、「7月1日から予約なしでは打てない。ワクチンがいっぱいあるので当日でもアポが取れる」と教えてくれた。え、そうなの。出かけて行って、その場の状況に流されようと思っていたのに、それができないのか。州のワクチン会場のサイトを見た。ドイツでは健康関連は州の管轄になっており、接種についても各州によってバリエーションがある。
ワクチンを接種すべきか否か
サイトはとてもわかりやすく、郵便番号を入力すると最寄りのワクチン接種センターが指定される。生年月日を入れ、登録する。アストラゼネカは一時期60歳以上のみを対象とし、その後全世代に拡大したためか、「アストラゼネカでもよい」とわざわざチェックする項目があった。続いて、アポを取るページに行く。30分ごとに区切られており、空きのある時間は緑となっていた。当日にもかかわらず、多くの時間帯が緑になっている。最近までワクチン不足で予約が取れない状況だったのに、今はふんだんにあるらしい。友人と同じ17時に指定すると、ワクチンはバイオンテック=ファイザーと表示された。続けて、2回目の予約のページに自動的に移ったので、2回目も友人と同じ8月13日に指定した。そうすれば一人で行かなくてすむ。実際に接種会場に行っても、納得できなければ打たなければいいのだと自分に言い聞かせた。
広々としたワクチン接種会場。他人となるべく接触しないよう配慮されている ©Riho Taguchi
メッセ会場を利用したワクチンセンターは広々としている。受付、書類確認、医師による問診、そして接種とそれぞれ別の場所に案内された。広いホールを二つ使い、1.5メートルのソーシャル・ディスタンスが常に取れるよう工夫がされていた。受付も書類確認も、何番のブースに行くかも、すべて誘導してくれる人がおり、効率的に運営されていると感じた。書類には新型コロナウイルスの特性や、接種についてのリスクと利点が書かれ、読んだとサインする欄があった。
決めるのは私
続いて、女性医師による説明があった。 医師とは話をするだけである。
何ヶ月有効か聞いた。
「よくわかりません。たぶん、6ヶ月か、8ヶ月か。もしかしたらもっと長いかもしれません。けれど接種は始めたばかりなので、まだよくわかっていません。」
変異株には効くのか。
「わかりません。たぶん接種しないよりはした方が、かかっても軽くて済むでしょう」
接種しても、コロナに感染する可能性は。
「あります。そして別の人にうつす可能性もあります。だから自分と周りの人の安全のためにソーシャル・ディスタンスを取り、マスクをすることはこれからも必要です」
子どもにはどうでしょう。
「SIKO(ドイツの専門家組織)は、推奨していません。 同居している家族に感染すると生命の危険に関わる人がいるなど特別な場合は、リスクをよく考慮して、子どもへの接種を決めることができます。しかし、子ども自身は感染しても重症化することはほぼありません。周りの大人が受けていれば、子どもに打たせる必要はありません」
ワクチン接種が普及し、感染率が低下。コロナ規制が緩和され、半年ぶりにレストランで食事が可能に©Riho Taguchi
外国にバカンスに出かけたい友人が、子どもにも打たせたいと家庭医に相談したら、いい顔をされなかったとぼやいていたが、その訳がわかった。最後に、接種による副反応についての説明があった。
新型コロナワクチンについて医師と話したのは初めてだった。これまで「ワクチンを打つのが自分のため、周りの人たちのためだ」とメディアなどあちこちで聞かされても、躊躇する自分がいた。インフルエンザのワクチンもしたことないのに、どうして今回だけ特別なのか。将来的なリスクだって不確定だ。けれど、医師の説明を聞いて、ワクチンを受けようと思った。「ワクチンは完璧ではない。まだまだ未知な部分が多い。けれど打つかどうか決めるのはあなたで、打つことで危険が防げるのですよ」というメッセージが伝わってきたからだ。打つべきだとは言われなかったし、わからないことだらけだときいて、かえって安心した。そしてその上で打つかどうかを決めるのは自分なのだ。
その医師は、ここ数ヶ月何度も同じ説明を繰り返してきたのだろう。夕方だったし、疲れているように見えた。同じ言葉を、懸念する人たちに繰り返すのはさぞ大変なことだろうと思う。しかし、医師の態度ひとつで、ワクチンへの信頼感がずいぶん変わってくるのだと感じた。
お礼を行ってブースから出ると、 救急車でよく見かける救急隊員の服装の若者たちがいて、接種ブースに案内してくれる。この時点でも受けたくない人は、そのまま帰ることもできる。
私は受けると決めたので、20代に見える若い女性に「どうぞこちらへ」と促されるまま接種ブースに入った。その人も一緒に入り、扉を閉じた。 中に入ると机があり、そこに別の女性が座っていて、書類をチェックした。急に明るい雰囲気である。その横で、案内してくれた女性が注射針を取り出した。チクっとしますよ、と言われて、本当にチクっとし、それで終わった。ここでは医師ではなく救急隊員が打つのだ。
ブースの外には椅子が散らばって置かれ、そこで15分待つよう言われた。救急隊員がたくさんいて、雑談しながら接種を終えた人たちを見守っている。具合の悪い人が手をあげると駆けつけ、車椅子に乗せて連れ出す場面もあった。救急隊員が和気あいあいとしていて、人々も接種という一仕事を終え、ちょっと和んだ雰囲気だった。
接種会場には老若男女、いろんな人がいた。私のような見た目で外国人とわかる人もいたし、親子やカップル、家族もいた。不安そうな顔をした人も、うれしそうな人も、無表情の人もいた。みなワクチンを受けようと思ってここにきて、終わって帰っていった。ほっとした人もいただろう、副反応はどうだろうと心配な人もいただろう。
ドイツでは全人口比で最低1回接種を受けた人が全人口比61%、2回接種を終えた人は50%にのぼる。接種が完了すると、旅行やコンサート、ディスコにコロナ陰性証明なしで行けるから受けるという人も少なくない。けれど、たとえ打っていても100%安全というわけではない。何のために接種を受けるのか、それで何が変わるのか。ワクチンの意味を考え直すきっかけになった。
欧米主要国のワクチン接種状況(Our World in Data、7月26日付)
ワクチン接種が浮き彫りにしたこと
私はさっと受けて満足したが、実のところ接種の現場は混乱している。5月にはワクチン供給が遅れてなかなか予約がとれなかったし、アストラゼネカは年配者だけとしていたのを急きょ撤回したり、ワクチン接種者へのコロナ規制緩和はどうするのかとの議論もあった。さらに7月初め突如「アストラゼネカとバイオンテックと各1回打った方が効果が高い」「バイオンテックだけの人は3回目が必要か」 と発表された。アストラゼネカは12週間の間隔が必要だが、バイオンテックは3週間のため、1回目アストラゼネカだったが、2回目をバイオンテックで早く接種したいとの要望が殺到した。ワクチンセンターはもちろん一般の診療所に電話をかけて複数アポを取る人も出た。ワクチンが入荷されないと、直前にキャンセルになることがあるからだ。こうしてあちこち電話し、重複して予約を取る人がいると、医療機関は余計な手間を強いられる。不要となった予約を取り消すのを忘れる人もおり、2回目の接種にこない人が何万人にものぼり、問題になっている。
粘りに粘って整形外科でワクチン接種の予約を取った友人は「最初は打てるだけでありがたいと思っていたのに、どのワクチンがいいか迷ったり、一刻も早く打ってほしいとあちこち電話したり、エゴが出てきて我ながら嫌になる」と話す。
ワクチン接種は、10人に聞くと10人が違う方法で打っている。たまたま別の病気で医者に行ったらワクチンがあって打ってもらった人もいれば、ジョギングのさい道ですれ違った人と立ち話をしたらその人が医者を紹介してくれたという例もあった。「なんであの人が先に・・・」「アストラゼネカでよかったのか」などさまざまな考えが頭を巡って、ストレスを感じた人も少なくない。周りの人に話をきくと、ワクチン接種にはいろんなドラマがあり、それぞれの考えがある。ひとりひとりが打つかどうかの選択を納得してすること、強制しないこと、正義を振りかざさないこと。それが重要だと感じた。ワクチン狂想曲はまだ続く。
<トップ写真の説明:学校や幼稚園の子どもたち、また会社員など勤め人は週2回の自己検査が義務付けられており、さまざまな種類の簡易抗原検査キットが出回っている。自宅で検査して陰性なら学校や職場に行ってよい。しかし、自己検査の結果は正式な陰性証明としては認められない。>