米国のオバマ政権は、中東やアフリカなどからの難民受け入れ拡大を表明してきた。しかし、昨年11月におきたパリの同時多発テロ事件をきっかけに、米国の半数以上を占める保守共和党の強い州が、シリアからの難民受け入れに強く反対し続けている。
加えて、共和党のドナルド・トランプ大統領候補は、シリア難民はもちろん、米国市民権を持たないイスラム教徒の入国を全面禁止する政策を訴えてきた(10月に入って撤回を表明)。米国を二分する保守、リベラルという政治の深い溝が、世界的緊急課題である難民受け入れ問題にも暗い影を落としている。米国内の動きを報告する。
拡大しつつある米国の難民受け入れ
2013年から2015年まで、米国は年間7万人の難民を受け入れてきた。だが、ケタ違いの数の移民を受け入れている欧州諸国とは比較にならないほど少ない。隣国のカナダでさえ、30万人以上の難民受け入れを表明し、シリア難民に限って見ても、2015年11月から2016年10月2日現在で、3万1919人を受け入れているのだ。
ささやかながら、オバマ政権も2016年度は難民受入れ数を8万5000人に引き上げ、10月1日から始まる2017年度には11万人の難民受け入れ目標を掲げている。480万人に再定住先が必要といわれるシリアからの難民については、まずは9000人受け入れを目標とした。9月27日の米国国務省発表によれば、すでに目標を超える1万2500人のシリア難民の受け入れが完了し、来年度はさらに多くのシリア難民を受け入れていく考えだ。
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シリア難民受け入れ阻止に走る州政府
しかし、パリの同時多発テロ事件で、実行犯にシリア人が含まれていると見られたことから、テキサス州、フロリダ州、ニュージャージー州など保守的な共和党知事が率いる27州と、民主党知事のニューハンプシャー州の合計28州が、シリアからの難民受入れ中止を連邦政府に要求。マイク・ペンス氏(共和党副大統領候補)が州知事を務めるインディアナ州、アラバマ州、テキサス州では、シリア難民の移住阻止の州方針をめぐる訴訟も起きている。
また9月30日、テキサス州のアボット州知事は、「シリアからの難民が州民に脅威を与えないという保証がない」との理由で、ついに連邦政府の「難民受け入れ再定住プログラム」から、正式に脱退すると発表した。
難民に関する決定権限は連邦政府にあり、この難民受け入れ再定住プログラムも、連邦政府の費用で実施されている。州政府は、連邦政府が契約する再定住担当機関や難民支援団体との連絡調整と支出管理を行うだけだ。テキサス州がこのプログラムから脱退しても、連邦政府は別の連絡調整団体を介してテキサスへ難民再定住を行うことができる。つまりは、州政府の政治的な意思表明でしかない。
シリア難民の受け入れは続行
筆者が住むテキサス州は、米国で面積、人口ともに第2位。2010年から2015年までの難民再定住数は4万1647人と全米で最も多い。シリアからも2015年末から今年にかけて229人が移住しており、様々な団体が難民受け入れや生活支援を行っている。
テキサス州で難民支援に携わる団体は州政府の動きに対し、「テキサス住民の多くは、難民を暖かく迎え入れる思いやりがある人々。われわれは今後も弱い立場に置かれている難民が、この地で平和で自由な生活を築くことができるよう支援する」と、活動を続ける意思を共同声明として発表した。
疑念と悪夢の憶測
一方、シリア難民受け入れ阻止をめぐるインディアナ州、アラバマ州、テキサス州の裁判についても、「難民を出身国で差別することは違法」として、州の主張はことごとく退けられた。ペンス州知事は、「シリアからの難民には、米国でテロ行為を行うために、ISISからシリアに送られた人が含まれている可能性があり、安全保障の脅威になりかねない」と主張したが、同州の控訴に対応した巡回控訴裁判所判事は、これを、「証拠もなく、むしろ悪夢のような憶測にすぎない」と一蹴した。
米国に来る難民は、国家安全保障省、国家テロ対策センターおよび連邦捜査局による厳しい経歴審査や、複数回にわたる面接調査を経るため、入国が認められるまでに2年前後か、それ以上かかる場合もある。
それでも過激派組織イスラム国(IS)やテロに懸念を抱く市民が、大統領選戦で連日のように政治家から「シリア難民にテロリストが潜んでいないという保証はない」といったメッセージを聞かされれば、疑念が深まっていっても不思議はない。
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6歳のアレックス君からの手紙
9月に開かれた難民と移民に関する国連サミットで、オバマ大統領はニューヨーク州に住む6歳の男の子から受け取った手紙を紹介した。(ホワイトハウスのウェブサイト)
この手紙を書いたアレックス君は、シリアのアレッポで爆撃を受け救急車の中でショック状態で座っている5歳の男の子の様子をテレビで見て、「うちに連れてきてくれませんか。うちの家族にして、僕が兄弟になります。学校にはシリアからきたオマールという友達もいるので、一緒に遊べます。僕は新しい言葉を教えもらい、僕達は英語を教えてあげます。ちょうど、日本からきた友達のアオトみたいに」と書いた。
Doctor in #Aleppo just sent this photo of a dazed child who survived an airstrike pic.twitter.com/IHLDc6KPh8
— Raf Sanchez (@rafsanchez) 2016年8月17日
オバマ大統領は、「出身国や外見、宗教といった理由で疑念をもったり、斜に構えたりすることのない純粋な子どもは、人に対してどう接するべきかを理解している。われわれは、アレックスの慈悲心や優しさから学ぶところがあるはずだ」と、国連サミットで呼びかけた。
米国の象徴でもある自由の女神の台座には、米国の詩人、エマ・ラザルスの詩が刻まれている。
「疲れし者、貧しき者を我に与えよ。自由の空気を吸わんと熱望する人たちよ。身を寄せ合う哀れな人たちよ。住む家なく、嵐にもまれし者を我に送りたまえ。我は黄金の扉にて、灯火を掲げん」(在日アメリカ大使館HPより)
政治的分断と疑心暗鬼がはびこる今の米国社会に、かつてのような寛容さが戻る日はくるのだろうか。
トップ画像:トルコの難民キャンプでシリア難民と話すナンシー・リンドボルグ米国際開発庁(USAID)長官補(2013年当時)
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