日本では安倍首相が衆院解散に踏み切ったが、ドイツでは任期満了に伴う連邦議会(ドイツ下院)選挙が9月24日に行われた。結果は、世界でじわじわと広がりつつある右派ポピュリズムの波が、遂にドイツにも到達したことを示した。移民排斥を訴える新興右翼政党「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland=AfD)が、得票率12.6%で第3党に踊り出たのである。戦後ドイツの全国議会で初めて、公に右翼思想を掲げる政党が議席を獲得したことに、ドイツ社会全体が衝撃を受けている。
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今回の選挙で第1党になったのは、アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)。同党は32.9%を獲得、とりあえず最大勢力として政権を維持することが決まったが、前回2013年の選挙と比べて得票率は8.6%も落ち込んだ。第2党は、これまでCDU/CSUと連立政権を組んできた社会民主党(SPD)。同党も得票率はわずか20.5%、前回比で5.2%減と、事実上惨敗だ。そして、この2党 から多くの票を奪ったのがAfDだった。前回選挙でCDU/CSUまたはSPDに投じられた票のうち、今回AfDへと流れた票の数は、実に計145万票(CDU/CSUから98万票、SPDから 47万票)に上る。さらに、前回選挙に行かなかった有権者1390万人の中でも、今回AfDに投票した人が120万人もいたとされる(以上Infratest Dimap調べ)。そして、AfDに票を投じた有権者の60%が「ほかの全政党に失望した」ことを理由にしている。
このことは何を意味するのか。明確なのは、有権者が従来の連立政権に不満を募らせ、変化を求めているということだ。ドイツで現在、最大の課題は、難民・移民問題への対応である。ドイツでは2015年の「難民危機」以降、国内に滞留する難民数が増え続けており、難民保護申請者数で見ると、15年、16年の2年間だけでも120万人に達している。彼らのドイツ社会への融合は一朝一夕には実現できず、昨年の一連の国内テロでは、一部の難民とイスラム過激派とのつながりも明らかになった。AfDは、そこを突く。選挙戦では「反難民」をほとんど唯一の争点として戦った。同党は、デジタル社会への対応や、年金制度の改革といった重要なテーマには現実的な政策を持たない。それにも関わらず勝利したのである。メルケル政権が達成した好景気も、失業率の低さも、難民問題の前にかすんでしまった格好だ。
図表:第三党に躍進したポピュリズム政党AfDのロゴ
今年3月にはオランダ下院選で右翼の自由党が予想議席に届かず、4月のフランス大統領選でも極右の国民戦線が敗れたため、欧州の右派ポピュリズムの波は引きつつあるかに見えていた。これに反してAfDが予想以上に躍進したのは、彼らの支持層が多様だからである。AfDは、イェルク・モイテン党首はじめ、党員にエリート経済学者が少なくない。このため会社経営者や弁護士など、高収入の知識層からも静かな支持を集める。
一方で、AfD幹部の中には、相次ぐ過激な極右的発言で問題視されているアレクサンダー・ガウランド氏のような人物もいる。外国人排斥思想に傾く市民は、彼に同調する。しかし、今回の選挙で決定的な役割を果たしたのは、この両者の間に位置する中流市民層だったのではないか。彼らは安定した仕事を持ち、生活にもまずまず満足しているが、自分の町に難民が増えるのは困ると感じている。筆者の知る年配のドイツ人女性は、「私もちょっとAfDに投票しようかと思ったのよ。しなかったけど」と話してくれた。彼女は悠々自適の年金生活者だ。その発言にはびっくりしたが、彼女こそ、潜在的なAfD 支持者の典型と言えるだろう。
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メルケル首相が、こうした多様な層で構成されるAfD支持者の存在を無視することは、もはや不可能だろう。首相は選挙の直後、国民の不満にもっと耳を傾けたい、と表明しながら、同時に「これまでの政策を変える必要は感じていない」との意味の発言もしていた。メディアもAfDの勝利を認めるというより、むしろその存在を抑え込むようなトーンだった。良識派の多数は、AfDの議会入りという事実を認めたくなかったのだ。
しかし選挙から2日後、連邦大統領のヴァルター・シュタインマイヤー氏が公式声明を発表すると、空気が変わった。大統領は、「今回の選挙は、ドイツの政治的バランスを変えた。私たちが選挙戦で経験した(国民の)失望、怒り、嫌悪がどこから来たのかを、正確に分析することが必要だ」とメッセージを送ったのである。
ドイツの連邦議会は、ヒトラーの国家社会主義への反省を土台に築かれた。そこに戦後初めて、正面から移民排斥を掲げるAfDが進出し、一挙に94もの議席を獲得した(注)。だからこそ、シュタインマイヤー大統領の発言通り、ドイツはこの事実から目を背けることはできないのだ。政権を握る者がこれを直視した上で、いかに政策を転換して国民の信頼を取り戻し、AfDの支持者を奪回して、4年後の選挙で彼らを連邦議会から駆逐するか。それが次期政権の課題である。この点では、AfDを除く全党の意見が一致している。SPDがCDUとの連立政権の継続を拒否して下野するのは、惨めな選挙結果で政権に就くべきではないとの判断だけでなく、AfDに野党第1党のポジションを与えることを断固阻止する、との配慮も働いたからだ。メルケル首相は世論を十分に意識する政治家だと評される。今後は AfDに流れた「浮動有権者」を頭から無視するような態度を改め、選挙で学んだ教訓を政策に反映させていくだろう。
選挙から4日後。筆者の住むドイツ西部の田舎では、AfDの選挙ポスターが、その勝利を誇示するかのように街角に残されていた。「国境を守れ!」「我々は、あなたの国を取り戻します!」とのスローガンだ。筆者の村には、外国人は数えるほどしかいない。大衆は時勢の影響を受けやすいから、1人で道を歩いていると急に不安になった。次期政権をめぐる3党(CDU/CSU、自由民主党、緑の党)の連立交渉は長期化しそうだが、1日も早く連立し、国民が納得する政策を展開してほしい。私たち外国人のためにも、そしてAfDを支持しなかった、87%のドイツ国民のためにも。
トップ写真:筆者の住む街に貼られたAfDのポスター。全国での投票率は、前回選挙から約5ポイント上昇して76,2%にも達した。 ©TANAKA, Mika
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