7月31日現在、フィンランドにおける新型コロナウイルス感染症の発生状況は、感染者が7,432人、死亡者数は329人、人口550万人という国で直近1週間以内に発生した感染者数は50人だ。3月16日に緊急事態宣言が出た同国では、18日から学校の遠隔授業が始まり、19日に国境封鎖、28日には首都圏が閉鎖されて4月15日に解除された。5月4日には規制緩和、継続と強化を織り交ぜた「ハイブリッド計画」が発表され、5月14日からはもろもろの感染対策を講じながらも、段階的に小中学校の対面教育が再開し、6月16日には、国内での流行は沈静化したとの判断で、緊急事態宣言も解除された。7月に夏休みのハイシーズンを迎えた人々は今、コテージや国内旅行で残り少ないバケーションを楽しんでいる。コロナ感染拡大後の様子をたどりながら、コロナ対策からフィンランドの特色に注目してみよう。(文中データは、THLフィンランド国立保健福祉研究所調べ)
パニックや苦しみは森と湖の国にも
まずはこのコロナ禍が「森と湖の国」と称される、自然が豊かで穏やかな北欧国の人々の日常に及ぼしてきた影響をふりかえってみる。WHOのパンデミック宣言直後には、フィンランドでもトイレットペーパーや日用品の買い占めで、スーパーマーケットの棚が空になる現象が起こっていた。レジには、透明なアクリル板が店員と買い物客を隔てるように設置され、飛沫感染への対策が取られるようになり、食料品のネット販売や配達サービスも普及した。
<ウーバーイーツのフィンランド版Wolt(ウォルト)の配達員。ユーザーがアプリを通して飲食店から食事を注文し、受け取りはテイクアウトか配達から選択できる。©Wolt>
レストランやカフェがテイクアウトやデリバリーのみとなると、外食文化を楽しむ都会の活気はなくなり、映画館や美術館に各種スポーツ施設、とりわけフィンランドでは社会生活に占める重要性が高い図書館とサウナの閉鎖は、市民の憩いの場の喪失として惜しまれた。北部ラップランドでは十分すぎるほどの雪に恵まれても観光客がいない静まり返ったスキーリゾート(例年5月頃までスキーが楽しめる)、首都圏南部では雪が積もらず曇り空が続く暖冬が長引き、そのどちらの光景も痛々しく、ともすれば不気味ですらあった。
在宅勤務と遠隔授業と自然に救われた日々
今年1月の労働時間法の改正は、多くのフィンランドの勤め人をテレワークに移行させる助けとなった。そもそもこの法律が1996年に施行されて、フィンランドでは週に1度以上在宅勤務している人が既に3割はいたのだが、今回の法改正により、「少なくとも就労時間の半分を自由に」決められるようになった。テレワークは感染防止のために推奨され、6割までに増えた。会社員の中にはリモートでは難しい業務を心配する人も多くいたが、「感染防止のためにはやむを得ない」と笑みを殺しながら在宅勤務を喜ぶ人もいた。
<大規模小売チェーンPrismaはZOOMなどを活用したネット会議が増え、「上半身はビジネス下半身はアットホーム」という、コロナ&テレワーク時代のクリエイティブなライフスタイルを広告に反映していた。©Prisma>
保育園とプリスクールは通常通り開園していたが、小学生以上は原則遠隔授業、ただし、保護者が医療機関や警察などの特別な職種で仕事が休めない場合には、小学校低学年は登校して対面授業も可能という体制で始まった。
<遠隔授業中にはノートパソコンが無い生徒には学校から貸し出され、それでも足りないところでは地元企業からの寄付で急場をしのいだ。©Elina Manninen / Photo Agency Keksi /Finland Promotion Board>
もともとフィンランドは教育のICT化には力を入れており、学校との連絡には保護者と生徒と学校をつなぐ連絡アプリ「ヴィルマ(Wilma)」が使われていたため、通常事業から遠隔授業への移行は比較的スムーズだった。遠隔授業のツールとしては、Googleおよびマイクロソフト系の教育プラットフォームやWeb会議アプリなどが活用された。我が家の例を挙げてみると、小学5年生の次男の遠隔授業の流れは次の通りである。
- 朝8時に担任の先生からWilma経由で一日の課題が伝達される。
- 指定の時間内(9時半~10時など)に各自Meetに朝の挨拶を書き込む。
- Class roomに用意されている課題に取りかかる。(ほぼ時間割通り、全教科から1~2課題)
- 課題はノートに書き込み、自分の携帯のカメラで撮影し、Class room経由で提出。
- 期限は当日の15時~18時まで。間違いがあればコメント付きで戻され、やり直し。
- 新しい内容を学ぶ際にはMeetのビデオ会議機能を使って先生が解説。
生徒一人一人が理解できたか確認してから課題に誘導
授業の進度は平常時の7~8割ぐらいと、生徒にも家庭にも負担の無いペースだったため、休み時間返上でどんどん課題を済ませてしまう子は、午前中には課題が全て終わってしまっていたようだ。しかも、宿題は無し。サポートが必要な生徒には、特殊支援の先生やアシスタントともつながるように、Meetのアカウントが知らされ、先生やアシスタントから生徒本人に安否を気遣うWilmaメッセージが送られ、通学が必要と判断された生徒は、通学を再開するなど柔軟な対応も見られた。他の地域や学校の話を聞いていると、先生によってやり方がずいぶん違う。そこにもまた、もともと全国で統一カリキュラムを持ちながらも、地域→学校→先生の裁量で教え方や授業の進め方を柔軟に決める、フィンランドならではの特色が見えた。
一方、せっかく在宅勤務になっても、子どもの遠隔授業に気をとらわれて仕事ができなかったり、遠隔授業中に給食の実施や配布がなかった自治体では、大人にかかる負担が生活の中に入りこんできた。このままでは多くの家庭が煮詰まってしまう……という危機感が、児童相談所への相談件数増加のニュースに反映されてきた頃、白夜の夏至を目指して日照時間がぐんぐんと伸び、まばゆいぐらいに美しい春が来た。と同時に大人も子どもも高齢者も、森に向かって緑の道を、氷の解けた湖畔の道を、息を弾ませながら歩き、走り、自転車で滑走し始めた。「どんなことがあっても自然がある」とでもいうように。
<自然を楽しむフィンランドの人々©Riitta Supperi/Keksi/Team Finland>
週末には、近所の森や湖畔には巡礼するように人が訪れ、芝生でピクニックを楽しみ、主要な国立公園の駐車場は満杯で路上駐車の列までできた。これでは逆に「密」だろうという批判もあったが、北欧では貴重な「光」はあるうちに浴びておかなければ、秋と冬は長くて暗い。自然現象の前に人は無力で素直な生き物だった。
女性最年少首相の手腕はいかに?
フィンランドでは、昨年12月10日、若干34歳という世界最年少のサンナ・マリン首相が就任し、話題を呼んだ。就任早々コロナという非常事態に若き女性首相がどのような采配をふるうか、連日の記者会見に注目した。
<就任早々、コロナ対策の激務に追われたサンナ・マリン首相。©Laura Kotila, valtioneuvoston kanslia>
よどみなく一字一句ハッキリと話す首相のフィンランド語は、外国人でも聞き取りやすく、真摯で伝わりやすい話しぶりだ。しかし、彼女と並んだ大臣も全て女性であったり、男性が混ざっていたり、男性だけの会見の日もあり、既に女性首相は3人目ということもあり、”女性”首相のお手並み拝見、という感覚は持ちにくかった。他の大臣や専門家の発言も真摯でゆるぎなく、フラットで対等な組織の姿が伺えた。
連日の会見を通して、フィンランド政府が順次国民に伝えたメッセージは次の通りだ。
- フィンランドの医療レベルは高く、信頼に値する。正確な情報は、フィンランド国立保健福祉研究所の発表を参考にすること
- パンデミックに対する恐怖心や不安があれば、精神医療ホットラインを活用すること
- マスクや医療器具の備蓄は十分ある
- フィンランド政府は企業の倒産防止、個人事業者の支援のために50億ユーロ(約5880億円)の支援パッケージを用意した(後に500万ユーロ(約5億8800円)が追加)
- 社会保険庁への失業手当、住宅手当、収入補填手当などへの申請が倍増している。多少の遅延はでるが、必ず支払われるので心配しないように
これらのニュースを、職場のフィンランド人達とともにテレビの画面越しに見てきたが、誰もが落ち着いて、よく聞いていた。国民の多くが抱えているだろう不安や疑問に一つ一つ迅速に答えていく様子と、まずはメンタルケアへの配慮があったのが、暗くて厳しい冬に鬱を経験する人が多い国らしいと感じた。
4月24日には、フィンランド史上初の子ども向けの記者会見がオンラインで実施された。7〜12歳の子ども記者たちからのコロナウイルスとその影響に関する質問に、首相と教育大臣と科学文化大臣が答えた。マリン首相は自分の家族や娘の話もして、不安をかかえる子ども達の心に寄り添った。本会見は海外でも多くのメディアで取り上げられ、画期的な取り組みと好評を得ている。
<「いつ学校に戻れますか?」という子ども達の質問にフィンランド政府が答える記者会見。© Laura Kotila | valtioneuvoston kanslia>
<4月24日のオンライン記者会見の模様(出典:HS Lasten uutiset/Lasten uutisten erikoislähetys 24.4. – Lapset kysyvät, hallitus vastaa)>
失敗失態を乗り越えその先へ
しかしすべてが賞賛に値するというわけではなかった。フィンランドには医療防護具の備蓄が十分にあると断言し、EUの医療防護具共同調達への参加を見送った後に、現場での管理が不十分だったため使用期限が切れていることが判明したのだ。慌てて中国から輸入したものの、質が基準に満たずに手配をし直した。
支援パッケージについても、窮地にあるレストラン業界の救済策から「遅い」「少ない」「不公平」 という批判が爆発して見直さなければならなかった。フィンランド の政府系機関 Business Finland のコロナ対策補助金に関しては、間違えて必要の無い大企業に入金されて、返金されるなどの不手際もあった。これには首相の配偶者が勤務している会社及び役員を務める会社も関与しており、マリン首相本人がSNSでコメントするなど、信頼回復が必要とされる展開も見られた。
小中学校の対面授業の再開も、5月14日から夏休みが始まる6月
<メーデーも夏至祭も例年よりひっそり静かに祝ってきたフィンランド人。©Hannu Vuorinen / Sauna from Finland /Finland Promotion Board>
フィンランドの学校の夏休みは6月からと早く始まるので、終わるのも8月中旬と早い。職場の夏休みの終わりはさらに早くは8月1日までで、保育園も同時に開始となるため、実際にはもう初秋に差しかかっている。例年通りだと学校の新学期開始後の8月末は、様々な風邪のウイルスが流行るので、考えただけでも身が引き締まる。緊急事態宣言は解除されたままだが、ハイブリッド政策は継続中だ。この国の「アフター夏休み」の状況が、少しでも多くの慎重で思慮深い人達の努力で良好なものになることを今から願っている。
トップ画像:1メートルのソーシャルディスタンスを呼びかけるフィンランド国立保健福祉研究所のポスター ©THL
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