オーストリアはヨーロッパのほぼ中央に位置し、北海道と同じぐらいの国土に約900万人(東京23区合計で957万人)を抱える。オーストリアでも新型コロナウイルス抑制のため、3月16日から食料品店を除く一般店舗や学校を閉め、不要不急の外出を禁止する措置を取ってきた。1ヶ月経ち、まだ感染者や死亡者が少ない早い段階で 強硬措置をとった成果により、欧州でいち早く規制の緩和を始めた。4月14日から一部の店舗が再び開くなど、日常が戻りつつある。
早い段階での感染者増加の抑制に
もちろんオーストリアでも新型コロナウイルスの感染者は増えており、4月15日の発表では、これまで 1万4,246人が感染し、384人が死亡している。しかし新たな感染者は減少傾向にあり、措置を始めて3週間後の4月4日には24時間以内で新規感染者が、治癒者を下回った。13日の感染者増加率は前日比0.7%と微小である。そのため新型コロナウイルスを撲滅したのではないが、共存を図りながらの経済活動を促進するための規制緩和となった。 マスクの着用と、他人との距離を取らなければならないのはこれまでと変わらない。第一段階として、4月14日から、すべてのホームセンターと園芸店、 400平方メートル以下の一般小売店は開店できるようにした。 第二段階として5月1日からは外出制限を緩め、すべての店舗を開店可能とする。政府はコロナ対策に380億ユーロ(約4600億円)を計上し、返済義務のない支援金や、融資のための保証金、コロナ基金、税制優遇などを打ち出している。
東欧への扉
オーストリアは国内での感染者がまだかなり少ないうちから、店舗閉鎖や国境封鎖など早々に対策を打ち出した。3月16日時点でのオーストリアの感染者数累計は1,018人、死亡者数は3人だった。ちなみに日本で緊急事態宣言が出された4月7日時点での感染者数は4,257人、累計死亡者数は93人だ(Worldometersのデータ)。スイスやイタリアと国境を接しており、そこからの入国者が多くいるためだ。スイス、イタリア、オーストリアには、アルプス山脈がまたがり、数多くのスキー場がある。スキー自体では感染は広まらないが、夜に山小屋でのパーティが危ないのである。
またチェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニアとも国境を接するオーストリアは東欧への扉である。オーストリアには人件費 の安い東欧からたくさんの人が働きに来ているが、国境封鎖により、その労働力が来なくなり困っている人がいる。知り合いのうちでは、要介護の母親のために、スロバキアから住み込みの介護人兼家事手伝いを雇っている。業者を通じて個人負担で雇っており、費用は一ヶ月2,400ユーロ(29万円)である。オーストリア人を雇えば、何千ユーロあっても足りない。介護人は2週間ごとに交代するのだが、スロバキアに戻ることはできても、封鎖措置のために、新たに次の人を呼び入れることはできない。そのため今いる人になんとか延長して滞在してもらっているが、いつまで持ちこたえられるのか不安がある。
<要介護の人には、東欧からの労働力が欠かせない@Riho Taguch>
農作業にも東欧からの人が多く雇われており、彼らも入国できなくなった。そのうえイタリアやスペインなど南欧からの野菜がオーストリアやドイツに多く入っているが、これもイタリアやスペインでの新型コロナウイルスによる混乱を受け、今後は値上がりが予想される。
マスク着用は異文化
欧州では新型コロナウイルス感染が猛威を振るうようになるまで、街でマスクを着用する人は見かけたことがなかった。マスクはよほどの重病人がするものであり、街でしていると奇異な目で見られた ものである。しかし33歳の気鋭のセバスティアン・クルツ首相は4月1日からマスク着用を義務付け、「オーストリアは文化的にマスクをする習慣がないが、必要だと頭を切り替えてほしい。マスクの重要性を理解してほしい」と呼びかけた。他人と会う時は最低1メートルの間隔を開けることを指示しており、マスクはそれに代わるものではなく追加の措置としている。4月15日からは地下鉄や広場など公共の場すべてでマスク着用を義務付けた。クルツ首相への国民の信頼は高く、多くの国民は 指示は妥当だと考えている。
<一部のスーパーでは、取っ手を消毒したワゴンと、していないワゴンが分けて置かれ、自分で消毒することもできる @Kornelia Renz>
オーストリアには今も徴兵制があり、若者は6 ヶ月軍隊に行くか、良心的兵役拒否として幼稚園や老人ホーム、病院などの福祉施設で9 ヶ月労働奉仕をすることが義務付けられている。政府は新型コロナウイルスの特別措置として、医療現場の人手不足を補う ため、4月または5月にちょうど期限終了となる若者の労働奉仕期間を最大3ヶ月延長することを決めた。この措置によりちょうど9ヶ月の奉仕を終えた1,500人が、また2015年から2019年に労働奉仕を終えた若者の中から募った有志2,000人の総計3,500人の若者が、医療現場で病人の搬送や高齢者の介護に当たっている。
また欧州では離婚した夫婦は双方が親権を持ち、子どもが父親と母親のところを行き来する例が多い。オーストリア政府が外出制限を始めた当初、子どもはそのときに一緒にいた親のところに留まることとし、もう片方の親のところには行かないよう定めた。その後、猛反対にあい、この措置は撤回。子どもは両方の親と会う権利があることを認めた。
芸術の都オーストリア
オーストリアでは芸術は日本と違って日常生活の一部となっている。ウィーン国立歌劇場には鑑賞する座席が1709席あるほか、立ち見席が567ある。これは戦前からの伝統で、立ち見席のチケット代は数ユーロ(数百円)と庶民的で、懐に余裕のない若者も一流の芸術を味わえる。これが結果的には芸術の裾野を広げるのに一役買っており、 市民のための芸術として生活の中で生きている。 現在は新型コロナウイルスのため劇場は閉鎖となっているが、無観客で上演して放映したり、過去の演目を無料でネット公開するなど市民に芸術を提供している。
同じくミュージアムも閉館を余儀なくされているが、デジカル化を推進し、アートで人々に寄り添おうという試みが広がっている。その一つが、スイスとドイツの国境近くにあるフォアアルベルクミュージアム(Vorarlberg Museum)である。「コロナに対抗する文化 」をモットーに「コロナ日記」と題して、コロナにまつわることがらをデジタル展示している。目玉は写真家ザラ・ミストラによる日常的な写真であり、作家ダニエラ・エッガーによる毎日の随筆である。合わせて市民からコロナ関連の写真を集めたデジタルミュージアムがある。 時が経てば、このコロナによる非日常がどんなものだったかを語る貴重な資料となるだろう。芸術家による一方的な発信ではなく、市民参加型であるのも評価されている。
<写真家ザラ・ミストラによる、 新型コロナウイルスによるオーストリアの日常> (提供:フォアアルベルクミュージアム)
ウィーンで最も美しいといわれるシュテファン大聖堂では、 4月12日の復活祭のミサを参加者なしで行なった。その代わり、事前に市民から写真やメッセージを募り、それを座席に貼って代替とした。そこにいなくてもみな一緒にいるのだというメッセージが伝えられたミサだった 。下記の写真を提供してくれた神学者のオトナー・シュパンナー氏は「
<座席に市民からの写真を貼った大聖堂@netzwerk-gottesdienst.at/Otmar Spanner>
(提供:礼拝ネットワーク)
この非日常の中、他人とのつきあいを制限され、多くの人は孤独かもしれない。しかしそれは物理的な孤独であって、精神的にはそうでない。オーストリアの人々のさまざまな試み、また規制緩和は、厳しい状況にもいつか終わりは来るのだと希望の光を見せている。
<トップ写真:スーパーではマスク着用が義務付けられている@Christian Renz>