初春を告げる花々が野山に咲き乱れ、店先にブラッディ・オレンジが並ぶ今、イタリア・ヴェニスでは2年ぶりのカーニバルが始まった。一方、コロナ規制にもう我慢ならないトラック・デモ「Freedom Convoy(自由のための護衛隊)」が、カナダから飛び火して、パリなど欧州各地でも大暴れしている。コロナ禍2年を経過した欧州は、我慢に限界が来た多くの人々が、穏やかに、あるいは過激に、活動を開始し始めた。
2年ぶりのカーニヴァル開催に地元は盛り上がる(写真はイメージ)By Robertito – Own work, Public Domain
コロナはいよいよエンデミック段階へ?
2月半ばの時点で、欧州のコロナ感染地図を見てみよう。欧州の多くの国々でコロナ禍がピークを越え、局所化している様子がわかる。こうして、英国で、デンマークで、スウェーデンで、次々とコロナによる行動制限の撤廃が宣言され、イタリア・ヴェニスでは、2年ぶりに盛大なカーニバルが開催される。
こんな欧州では、最近「エンデミック」という言葉が聞かれるようになった。「エンド(end)」と聞くと、「終焉」と思いたくなるが、終わったわけでも、脅威ではなくなったというわけでもない。感染症が一定の地域や一定の季節に予測可能な範囲内で発生するようになり、ある程度の感染予防策や行動制限でコントロールできる状態を意味する。たとえば、マラリアや麻疹(はしか)やインフルエンザなどがその状態にあり、根絶ではないものの、充分な対策をとれば世界経済を回せる状態というわけだ。
赤は感染ピークが来ていないまたはピーク時の95%、オレンジはピーク時の75~95%、グレーは75%以下でピークが去ったことを示す(Reuter, 2月16日時点)
オミクロン株はそれ以前のものに比べれば、欧州人にも日本人にもより感染しやすかったようだが、幸いにも重篤化しやすい変異ではなかったようだ。
欧州の専門家は、ワクチン接種が進んだことと、感染して免疫を獲得した人が増えたことによる「ハイブリッド・イミュニティ」によって、ある程度の集団免疫が構築されてきたとみる。今後も、予防接種の届かない子ども達や免疫不全などの基礎疾患のある人々の中で、集団感染を繰り返しながら、次第に必要以上に恐れずに普通に近い生活を送れるなっていくのを目指すしかないのだと。
それでも、今後の変異によっては改めてエピデミックを起こす可能性もある。だからこそ、地域や年齢層、季節などによるムラを残さない徹底的なワクチン接種、マスクや社会的距離といった感染症対策の継続、医療体制の拡充が必須と繰り返している。欧州全体で2022年末頃までにエンデミック段階に到達することを目指すために。
ワクチンはモデルナとファイザーだけじゃない
日本では、mRNAタイプ以外の選択肢も与えられていないのに、ワクチン懐疑派が行動にでることもない。日本では、ワクチンはファイザーとモデルナしかないように思っている方が多いが、世界では、すでに20以上のワクチンが認可を受け、300以上が今にも実用段階に入ろうとしている。欧米のものばかりが注目されがちだが、中国やロシア、そして最近では、メキシコやトルコ、インドや南アでも独自のワクチンを開発。エッセンシャルな医薬品の自給自足は安全保障にもつながると考えられ始めている。
ワクチンに懐疑的な人の多くは、mRNAタイプのワクチンへの警戒感・懐疑心が強いが、それならより一般的なアデノウィルスを介したアストラゼネカやジョンソン&ジョンソン、サブユニットタンパクを用いたノヴァヴァックスなど、欧州医薬品庁(EMA)が認可し推奨しているタイプは他にもいろいろある。
逆に、日本ではアビガン、レムデシベル、イベルメクチンなどという治療薬の名前がメディアでも取りざたされ一般人の口にのぼるが、欧州ではほとんど聞かない。病院で治療にあたる医師が知っていればよいことで、たとえ、入院できずに自宅療養させられる陽性者がいたとしても、処方箋をもらって購入し勝手に服用する市販薬ではないからだ。ワクチンに懐疑的な人の多くは、mRNAタイプのワクチンへの警戒感が強いが、それならより一般的なアデノウィルスを介したアストラゼネカやジョンソン&ジョンソン、サブユニットタンパクを用いたノヴァヴァックスなど、欧州医薬品庁が認可し推奨しているタイプはいろいろある。
それにしても、日本人は薬好きとして知られている。欧州の医者の多くは、病因バクテリアが特定されていない限り抗生物質を出したがらない。日本の医師が「念のため」と抗生物質を2~3日分すぐ出してくれるのとは対照的だ。その結果、世界で生産される抗生物質の3分の1が日本だけで消費され、耐性菌が出やすいと聞いたことがある。インフルエンザの治療薬タミフルにしても、欧州ではその名さえ巷ではあまり耳にしない。地元の医師に尋ねたところ、「タミフル投与による効果は約24時間だけ回復が早まる程度。健康保険に負担をかけるより、あと1日ゆっくり休養した方がよくない?」と苦笑いされた。
検査体制が未だに不備なのは日本くらい?
検査体制はどうだろう。PCR検査は、欧州各国では、ほぼいつでもどこでも誰でも容易に受けられるようになって久しい。旅行など自分の理由で受ける場合には、5000円程度を自己負担させられるが、感染を疑う場合にはほぼ無償だ。人口1100万のベルギーでは、第一波が収まった2020年5月以降、急ピッチでキャパを拡大し、2020年後半からは、毎日10万件規模で実施できる体制を整えた。
また、簡易抗体検査キットは、欧州ではドラッグストアやスーパーなど、今ではどこでも何個でも廉価か無償で入手することができる。ドイツで図書館員をしている友人は、毎回自己検査をするように無償で配られているというし、スコットランドで大学生をしていた娘も、国民保険にネットから依頼すれば、何個でも無償で送ってくれたという。ルクセンブルクでは飲食店に入る度に備えられたキットで検査するルールだった。 日本やアジアの人々に比べ、欧米人はマスク着用を嫌う。行動制限に反発する人々はいつもマスクを目の敵にするし、英国やデンマークやスウェーデンが行動制限を撤廃した象徴はマスクだ。2020年、不意打ちを食らった第一波では、中国製がほとんどだった外科用マスクが抜本的に不足し、アベノマスク同様、国や自治体から布製マスクが配布されたり、マスク自作が推奨されたりもしたが、第二波以降、公共交通機関などで推奨されるのは、欧州規格FFP2(米国基準ではN95)マスクと徹底されてきた。すでにほぼ2年前からのことだ。FFP2マスクは今ではスーパーでもドラッグストアでも1枚100円前後で手に入るようになっている。
どこでも簡単に手に入るFFP2マスク(上)と簡易抗原検査キット(下)
アメリカのCDCや欧州のECDCは、マスクの種類や規格、着脱の注意などについての詳細なガイドラインをネット上でも公開しているが、その参考文献は世界中からのものが100以上にものぼり、共通なものも多い。一方、厚生省が出している同種のガイドラインはなんだか科学的根拠に欠く感じが否めないと感じていたら、参考文献が日本語論文ばかりで数えるほどしかないという(医療経済学の兪炳匡(ゆうへいきょう)氏)。
英国やデンマークやスウェーデン以外の欧州諸国では、今も、屋内空間や公共の場所では、マスク着用を義務付けたり強く推奨したりする国が多い。どの場面でどんなマスクを使用すべきか、屋外では意味があるのかなどの知識が、すでに市民社会に浸透している。
抗議する欧州人
デルタ株の第四波を乗り越える間もなく、オミクロン株の第五派に突入してしまった欧州は、それが真冬の年末年始シーズンに重なり、人心も、また経済にも大きな痛手となった。
3回目ワクチン接種が遅れたオランダではクリスマス前から2回目のロックダウンへ。日本でいう時短だの、アルコール提供禁止だのとはレベルが違う。食品などのエッセンシャルを売る店以外は、すべての商店や飲食店が、かき入れ時のクリスマスから正月明けまで強制休業となったのだ。(それにしても、日本でのアルコール提供禁止というのは、どのようなエビデンスに基づいているのだろう。欧州では聞いたことがない。)
その他の国々では、ロックダウンまでには至らなかったものの、ワクチン・パスの義務化、医療従事者やエッセンシャルワーカーのワクチン接種義務化の動きが強まり、これに反発する人々が欧州各地で路上に出てデモ行動が過激化。さらに、ワクチン拒否者への課税や感染入院した際の治療費自己負担化などの可能性が語られ始めると、反ワクチン派はさらに行動が活発化し、一部は暴徒と化して、商店や政府機関の建物などの行動にも発展した。
左:オランダ・アムステルダム©BAMcorp 0 CC BY-SA, 中央:スウェーデン・ストックホルム©Frankie Fouganthin – Own work, CC BY-SA 4.0、右:フランス・ミュルーズ©Thomas Bresson – Own work, CC BY 4.0
カナダで始まったトラック・デモ「Freedom Convoy」がシンパシーを呼び、パリでも大暴れした運転手などから大量の逮捕者が出る事態となった。バレンタインデーの2月14日、悪いのはEUだとして、EU主要機関の集まるブリュッセルを目指すとの報道が出ると、迫りくる大量のトラック連隊にブリュッセル中が緊張。だが、厳重な警戒で市内に入ることもできず、ブリュッセル市が抗議行動用に提供した大駐車場も空っぽのままで終わり、胸をなでおろした。
正当な抗議の声が成果をもたらす社会
EU加盟国でのワクチン2回接種率は全人口比の約75%、三回目接種もスムーズに進んだ(Worldometer2月15日現在)。乳幼児や受けたくても受けられない人もいるはずだから、強烈な反ワクチン派は人口の1割程度だろう。だが彼らに尋ねると「私達の身体にICチップを埋め込んで操作しようとしている。」「私達のDNAを変えようとしている」などと真面目顔だ。「誰が?」と聞けば「彼らみんなが」、「エビデンスは?」と聞けば「SNSやYouTubeをみれば山ほど証拠がある」と答える。7割のマジョリティは路上で大騒ぎしないのに、1割のラウド・マイノリティはかまびすしい。
左はワクチン2回目までの接種状況(対全人口比)、右は人口100人あたりの二回接種(濃紫)と三回目接種(薄紫)の割合(Our World in Data, 2月中旬時点)
それでも、欧州では、届け出て平和裏に行うなら抗議デモは民主主義の権利として大衆にも支持される。デモは「おかしな人」がやることでも、お金をもらって参加しているとも思いもしない。
筆者は、市民の抗議の声が届き、司法が機能し、政府が政策を変更せざるをえなくなることを何度も目撃してきた。ここ欧州では民主主義は健在なのだと。
クリスマス直前、ベルギー政府は、オミクロン感染拡大予防として、劇場やコンサート会場などの強制休業を命じた。飲食店が営業してよいのに、マスクをして距離を取り着席して鑑賞する文化イベントを休業とするのは公平性に欠けるとして、文化関係者が立ち上がり、司法に訴えた。芸術文化を愛する市民の多くが連帯して街に出た。すると1週間もたたずして、最高行政裁判所は政府に対して憲法違反として休業命令の即時撤回を言い渡したのだ。
エネルギー高騰、ウクライナ緊張―――コロナ禍がエンデミックになっていきそうな今、欧州は新たな局面を迎えて大きく揺れている。
コロナ禍でも各国首脳が何度でもロシアやウクライナに出向いて必死の外交努力を続ける欧州政治の様子は、佐渡金山を巡る「歴史戦」という一人相撲に挑む祖国の政治家の姿と比べると、めまいがしてしまうのは筆者だけだろうか。