サッカーW杯がいよいよ終盤の盛り上がりを見せる今、欧州は、カタールによるEU懐柔スキャンダルで大揺れに揺れている。
欧州メディアは「カタール・ゲート事件」と呼びだした。
普段目立つことの少ないベルギーの捜査当局が、突然の捜査で身柄を拘束したのは欧州議会副議長の一人でギリシャ選出のエヴァ・カイリ議員とその父親、パートナーなど合計6人。週末には自宅などを家宅捜索し、カバンなどに無造作に入れられた現金60万ユーロ(約8600万円相当、なんとほとんどが50EUR札!)、スマホやパソコンを押収したという。その後もブリュッセルの議員事務所や父親が滞在していた市内のホテルなどで捜索が続く。
容疑は、汚職、犯罪組織への関与、マネーロンダリング(資金洗浄)…。欧州議会議員には現地警察の捜査から逃れる不逮捕特権がある。だが、今回のような国際汚職犯罪については、適用されない。
当初、ベルギー捜査当局の発表では「湾岸国」だったが、地元メディアLe Soirは「カタール」と断定的に伝え、今ではどのメディアも躊躇なくカタールと名指しする。同国の報道官は「カタールによる不正行為という主張は重大な偽情報だ」と反発しているという。
確かに、カタール事情に詳しい仏ジャーナリストによれば、カタールでは札束とともにローレックス腕時計が何百個も飛び交う「贈り物外交」はこく当たり前のこと。そもそも「犯罪」という認識はないのかもしれない。
人権、ロビイング、大スポーツイベント、そして汚職…
今回のカタールでのW杯開催については、招致が決定した2010年以降、外国人労働者の奴隷労働やLGBT迫害などの人権問題が、欧州の人権団体やメディアで長く強く批判されてきた。欧州各国では、ボイコットなど抗議の動きが活発化していたのだ。欧州議会でも、カタールの人権侵害を強く非難する決議をW杯開催直前にも採択することになっているという背景があった。
そこでこの悪いイメージを払拭する戦略として、議員や側近に接近したとささやかれている。欧州議会副議長として、デジタル・イノベーションの他、中東地域を担当していたカイリ氏は、最近何度となくカタール政府関係者と交わり、W杯開催直前の11月末には、「カタールは湾岸諸国の中では労働者の権利についてはフロントランナー」とカタールを褒めたたえる演説をするに至った。
ブリュッセル周辺には、EUの政策や議会に影響を与えようとうごめくロビイストや法律事務所、NGOが山ほど存在する。今回一緒に逮捕されたパートナーらは、なんと「汚職防止」を専門とするNGO職員だというからあきれ返る。人権や公正などを最も重要な価値に掲げるEU議会の行動規律は、日本では信じられないほど厳しいにも関わらず…だ。
欧州議会議長のロベルタ・メツォラ氏は、12日の本会議冒頭の演説でもこんな風に毅然と述べた。
本件では、欧州議会が、欧州の民主主義が、そして欧州のオープンで自由な社会が標的となった。EU域外の独裁国家につながる悪意に満ちた計画は失敗に終わることになる。欧州議会は捜査当局に完全に協力する。汚職はあってはならない。議会独自の徹底的な内部調査も開始する。「今まで通り」では済まされない。私たちはこの試練に必ずや勝利する。犯罪は必ず罰せられなければならない。
カイリ副議長は、副議長としての職務権限が停止され、欧州議会の会派「社会民主進歩同盟」の資格も停止された他、所属する中道左派政党の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)から除名された。
それにしても…
人権ばかりでなく、気候危機や持続可能性などの観点から考えて、まともな先進国のほとんどが、大規模スポーツイベント招致を敬遠する昨今、やる気モリモリの日本やカタールの存在は、国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)には貴重な存在なのかもしれない。
カタールは今回のサッカーW杯を皮切りに、来年はサッカーアジア杯をホストし、オリンピックなどの招致に野心を隠さない。
100年以上は枯渇しないと言われる天然ガス田を持ち、今回のW杯開催中にも、欧米などとのガス売買契約を次々成立させたカタール。その財力と資源力がある限り、欧州はカタール当局に真っ向からたてつくことはできそうにない。どんなに札束を見せつけられても断るだけの倫理観と民主主義を、コロナ禍とウクライナ戦争で弱り切っている今の欧州は堅持してくれるのだろうか。
カタールゲート事件追及はまだまだ始まったばかりだ…。