コロナ禍による経済停滞、プーチンの戦争によるエネルギー危機 ―― 脱炭素だの気候正義だの、呑気なことを言ってるときじゃない! と訳知り顔の大人たちが、世界中で叫びだした。
でも、グレタ・トゥーンベリをはじめとするアクティビストたちは、今が正念場と声を上げ続けている。確かに欧州のエネルギー供給は、ロシアの天然ガスに頼っている部分が大きいし、ガソリン価格は1リットルあたり2ユーロにも手が届く。だが、グレタを先頭にここ数年育ってきた欧州の若いアクティビスト「たち」は、声高くこう叫ぶ。
「だからこそ、今、化石燃料に頼っていたらだめなんだ!」と。
プーチンの化石資源なんか要らない!金儲けより人命を!
残虐に隣国へ攻め込んだロシアに、顔色をうかがいながらしか制裁できない欧州。エネルギー供給を止められては困るからと、天然ガス代という名目の「軍資金」をロシアに注ぎ続けている。その金額は毎日7億ユーロにものぼる。コカ・コーラやIKEAがロシアから撤退しても、オリガルヒの超豪華ヨットを没収しても、独裁者は困らない。毎日7億ユーロもが彼のポケットに入るから、戦闘ゲームに興じる悪ガキのように、隣国を破壊しつくし、命を抹殺し続けていられるのだ。
世界のビジネスエリートが言い立てる。コロナ禍でぼろぼろになった「経済」を立て直すためには、化石燃料や原子力に頼るしかないのだと。「命」よりも「経済」という美名をまとったカネを優先するしかないのだと。遠い国がどんなに破壊され、ガイジンの命がどんなにないがしろにされても、それが「自国」や「自分」でないかぎり、化石資源を持つ独裁者に嫌われないようにとすり寄るばかり。
グレタと若い環境アクティビスト「たち」は育つ
ここで少し、皆の知るところとなったグレタのひとりぼっちの学校ストライキが、どのように欧州に伝播し、欧州社会にしっかりと根をおろしているのか、振り返っておこう。わけ知り顔のおじさんたちが、「かんしゃく持ちのティーン」とか「環境原理主義者」とか呼んで適当にあしらおうとしても、グレタと彼女に触発された若者「たち」は、いまや分厚い層となり、国境を越えて確実なパワーとなっている。特に、欧州では無視できない力に育っている。
2018年夏、「地球が猛スピードで壊れているというのに、のんびり学校なんかに行ってるときじゃない」とスウェーデン国会の前でたった一人の座り込みを始めたグレタ。私はそのニュースを見た時のことを今も忘れない。大急ぎで、この小さな女の子のことをネットで調べた。
グレタ・トゥーンベリ、15歳。未来のための学校ストライキ。©Anders Hellberg
ニュースを見たベルギーの若者たちも、すぐに行動を開始していた。SNSでグレタと繋がり、その秋の新学期スタートと同時に、誰からともなくSNSで呼びかけ、全国の高校生が木曜は学校に行く代わりに、電車に乗ってブリュッセルに集結し、「気候マーチ」を始めた。当初、国内メディアや大人たちは賛否両論だった。「やっぱり子どもは学校に行くべき」という意見が大勢だった。教育の専門家や保護者たちがテレビで議論している間に、若者たちのグループからリーダーが現れ、その行動にビジョンが見えてくると、社会の空気が変わっていった。リーダーとなったのは、アヌーナやアデレイードだった。
「隣の家が火事で、今まさにぼうぼう燃えているっていうのに、来週消化しましょうなんて言う人はいないでしょう? 私達の地球は燃え盛って崩れ落ちようとしているというのに、今すぐに火を止めなければ明日はない。」――トランジション・ムーブメントを起こした英国の環境活動家ロブ・ホプキンス氏は、ベルギーの若い「グレタたち」に強いエールを送ってこう語った。
ベルギーの大学町での気候アクションイベントで語るロブ・ホプキンス氏 ©Kurita
今回のロシアによるウクライナ侵攻で、ヨーロッパでは、同じ国内でも使用言語による不和や紛争が起こりがちなことが、日本など言語が複雑でない国の人々にも少しはわかってもらえるようになったかもしれない。ベルギーでも蘭語話者と仏語話者の間で、歴史的に紛争を繰り返され、幾度も分裂の危機があった。だが、気候問題への取り組みでは、蘭語話者のアヌーナと仏語話者のアデレイードら若い世代10人ほどが言葉の壁を越えて連帯し、Youth For Climateを組織した。
グレタに触発されて、彼女たちがブリュッセルの気候マーチを決行し、SNSを駆使して全国から5万人以上を集めたのは2019年早々のことだった。無数の中高生、大学生はもちろん、担任の先生や親に引率された小学校も、祖父母世代も、チョコレートやビールのメーカーの労働組合も、欧州連合スタッフも、自転車で参加した無数の自然愛好家も、子連れ、犬連れ、家族連れも…。誰もがこのままではだめだと声を上げ、彼女たちに連帯し始めた。
この動きはパリへ、ドイツへ、欧州全域へ、ひいては世界中へと波及し、アンブレラ組織Fridays for Futureができた。2019年5月の欧州議会選挙では、世代を象徴する緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)が議席を増やした。
それは、もう誰も止めることのできない大きなうねりとなっている。2022年までに、延べ213カ国で1億1600万人が、14万3000回の学校ストライキ行動を決行し、ある金曜日には世界で一斉に140万人が行動したこともあるという。(Fridays for Futureの調べ)
コロナ禍を経た2021年11月、COP26では、アヌーナやアデレイードがベルギーや英国の鉄道会社と交渉し、「気候列車」を仕立ててグラスゴー入りした。
「フライング・シェイム」(飛ぶのは恥)――グレタを生んだスウエ―デンにはそんなフレーズまで出てきているという。炭素をばらまく飛行機には乗らないと決意しているのはグレタだけではないのだ。
「気候列車、すごいね。誰の発案? でもいったい何時間かかるの?」 筆者は思わず尋ねた。
実は、彼女らはすでにCOP25の時に大西洋をヨットで渡って開催予定地チリを目指した。だが、チリ政府は直前に開催を断念。開催地は急きょスペインに変更になり、彼女らは船酔いも収まらないうちに大急ぎで引き返し、マドリードに向かったのだった。
「ブリュッセルからグラスゴーでの列車の旅は6~7時間。ヨットで大西洋を渡るのに比べれば、大したことじゃない。鉄道会社はとても協力的で、気候列車にピッタリの緑色の車両まで用意してくれて…」と嬉しそうに話してくれたのはアデレイード。
欧州各地の「グレタたち」がブリュッセル駅に集まり、政治家、ジャーナリストなども乗り込んで気候列車は出発。飛行機なら1~2時間の短距離を、列車で6時間かけて行くと言ったら、日本の大人たちはのけぞるだろうか。東京〜名古屋間の所要時間を40分短縮するために、巨額の費用と化石資源を投入して、リニア中央新幹線を造ることに価値を置く国だ。
フライトなら、出発の2時間前には空港にいなければならない。航空会社の都合で遅れもキャンセルもありうる。列車なら、道中、読書も昼寝もおしゃべりもたっぷり楽しめる。価値観の転換はできるはずだ。私はそう思って、グラスゴーまでの電車の旅を追体験してみた。悪くない。景色の変化を眺めながら、自然や人々の営みや歴史に思いを馳せた。
少しでも早く、よりハイテクにと化石燃料をガンガン使い、炭素をまき散らしながら競い合う時代に決別する時ではないか、と感じた。
戦争を止められないのは化石資源のせい
さて、グレタたちは、今こそ、行き過ぎたグローバリゼーションを辞め、化石資源から脱却しようと力を込めている。
二度の大戦の発端となったのは化石資源の奪い合いだった。二度と過ちを繰り返さないために、資源を共同管理しようと、石炭鉄鋼共同体や原子力共同体をつくり、経済共同体を形成し、さらに社会・環境や外交・安全保障についても一緒にやっていこうという「欧州連合」(EU)へと深化させ、賛同する国が27カ国までに広がった。
第二次世界大戦末期、欧州ではナチス・ドイツの台頭と、それを阻止しようと参戦するロシアによる共産化が同時進行した。House of European Historyの重苦しい展示は今につながる ©Kurita
隣接する国々には、民族的、文化的、領土的因縁がつきものだ。だからといって21世紀の今、力づくで隣国に攻め入り、罪のない市民をレイプしたり虐殺したりしてよいはずがない。そんなこと小学生だってわかっている。
それなのに、欧州はロシアを断罪しきれない。毎日7億ユーロの軍資金を支払って、ロシアのガスを売ってもらうしかないからだ。
化石資源を持つか持たないかで、正義の軸足が簡単に揺らいでしまう。資源を持つ国は何をしてもいい。そこに阿(おもね)れば甘い汁が吸える。
化石資源には恵まれず、過激気象現象の被害ばかりを受ける国は「残念でした」なんてあまりに理不尽だ。気候正義を果たすべきだと、グレタたちは声をあげる。
核兵器と化した原発
もう一つグレタたちが脱却しようと訴えているのは、原発依存だ。
ドイツはフクシマ事故から脱原発に舵を切り、メルケル首相引退後は、緑の党を政権に取り込んで今年末までの脱原発を目指す。他の欧州国もそれに続いて、EUは原発と決別するはず…だった。
ところが、そんな欧州ですら、パンデミックで傷ついた経済を立て直すためには、原発は必要不可欠との声が強まってしまった。いつの間にか、小型の安全な原子炉開発は、EU TAXONOMY(EUとしての投資奨励技術)に含めようとしている。グレタたちはこれにも猛反発している。
欧州委員会が法案を提出したのは今年1月末、ロシアによるウクライナ侵攻が始まる前のことだ。この審議は今、欧州議会にゆだねられている。
核保有国でなくても原発をもってさえいれば、核爆弾を落とされるのと同じ危険を背負い込むということは、これまでも指摘されてきた。プーチンの「崇高な特殊軍事作戦」はその懸念を現実に変えたのだ。
廃炉作業の進むチェルノブイリですら、軍隊が汚染地域で土煙をあげたり塹壕を掘ったりして、兵士たちは猛烈に被ばくした。事故を起こした原子炉は適切な制御ができなくなれば、いつでも大惨事につながる。運転中の原発も、砲撃をうければ大量破壊兵器となることを、私たちは目の当たりにしている。
20世紀のシステムを変える
プーチンのウクライナ侵攻とほぼ同時期に、ICPP(気候変動に関する政府間パネル)は第6次評価報告書(AR6)を発表した。「残された時間はほとんどない」と結論付け緊急の行動提言をしている。その第一は、「化石燃料からの即時脱却」。そして、「無限の成長」という妄想から覚めて、「正義を実現すること」。
化石燃料の奪い合いで悲惨な戦争を繰り返してきた私たちの過去。原爆の危険性を知りながらも拡散防止も核兵器禁止もできていない国際社会。無限の経済成長という妄想にとらわれて、原子力依存症にかかっている国々…。欧州のグレタたちは、今こそ、こうした過去から決別するときではないかと訴える。
再生エネルギー資源は世界中に分散されている。太陽や風が乏しい地域なら、潮や波や地熱や河川や森林がある。再生エネにも困難や落とし穴はいくつもあるかもしれないが、放射能の灰に包まれる結果になることはない。
行き過ぎたグローバル化を考え直し、果てしない利益追求と拝金主義を辞め、地域ごとの再生エネルギー自治を実現してこそ、未来があるのではないか。まだこれから発展しなければならない第三世界とその機会を共有し、これからの世代ともチャンスを分かち合う。
ポスト20世紀の新しいシステムにこそ、未来はある。確実に育つ欧州のグレタ世代。ベルギーのアヌーナはこう訴えている。
「人と地球を搾取し破壊してきた20世紀のシステムを変えるのは今しかない」と。
欧州は、グレタたちの必死の訴えも聞き入れて、一刻をも争う現在、化石資源や原発依存から脱却しようと、どう動いているのだろう。リトアニアはロシアのガス輸入の完全停止を決めた。デンマークはグリーン水素を本格化して航空便まで脱炭素を目指す。こうした具体的取組事例を紹介していこうと考えている。