2ヵ月ぶりに外食をした。新型コロナウイルスの影響で、3月23日以降、レストランやカフェが全国的に営業停止(持ち帰りや宅配を除く)になっていたからだ。シドニーがあるニューサウスウェールズ州では、「同時に着席できるのは10人まで、1人当たり平均4平方メートルの床面積を確保」という条件を満たせば、5月15日から店内飲食が可能になった。同時に、2人までとされていた屋外での集会は10人までOKになった。
6月1日からは州内旅行が解禁になり、飲食店内で着席可能な人数は最大50人に増えた。まだ「コロナ前と同じ」というわけではないが、以前は当たり前だと思っていた日常の自由を少しずつ取り戻しつつあることに、誰もが小さな幸せを見いだしている。
<6月からの緩和措置について発表するニューサウスウェールズ州のベレジクリアン州首相(州首相Facebookより)>
当初から半年間の「冬眠戦略」
コロナ禍において、スコット・モリソン豪首相は、命を守ることを最優先に、「冬眠戦略」を掲げ、その期間を感染拡大が懸念された当初から、9月までの6ヵ月に設定した。南半球にあるオーストラリアの季節はちょうど秋から冬に変わったばかりで、冬眠戦略はまだ3分の1が過ぎたところなのに、『春』の気配が濃厚になってきた。
オーストラリア保健省の6月2日付けの公式発表によると、国全体の累計感染者数は7,221人、死亡者数は102人(人口は約2500万人)。致死率は1.4%で、世界的に見てかなり低い。全体の92%は既に回復済。入院中の患者数は20人台まで減り、そのうち集中治療室にいるのはわずか4人と、医療体制には余裕がある。検査態勢も強化され、陽性率は0.5%に留まる。これから冬に向かうため、油断は禁物ながら、今のところオーストラリアは感染爆発を回避し、抑え込みに成功している。
<最新の感染状況が一目で分かるインフォグラフィック。毎日更新されている(資料:オーストラリア保健省ホームページより)>
社会機能を最小限にしつつ、暮らしを守ることは簡単ではない。そもそも先立つものがなければ、誰も冬眠などしてはいられない。政府による支援は1回限りのものもあるが、9月まで継続的に行われる施策が多い。それを知った国民のほとんどは、我慢を強いられる冬眠生活を受け入れ、同じ方向を見て、助け合いながら、今できることをゆっくりやっている。
感染者が少ない段階から鎖国!
もっとずっとひどいことになっていたかもしれない――過去2ヵ月を振り返って、そう思う。
感染拡大が先行した欧米諸国と比べると、オーストラリアは国内の感染者数がずっと少ない段階で、厳格な国境管理に踏み切った。もともとこの国は検疫に厳しい。検疫官による荷物チェックや最新のX線装置を使った二重三重の検査に加え、検疫物探知犬を使って、リスクの高いものの侵入を防いでいる。恐るべき嗅覚で、肉類や果物等の匂いを探知して、ぴたっと荷物の前に座り込むかわいいビーグル犬は、空港に欠かせない存在だ。害虫や病原体の侵入阻止を普段から徹底しているのは、主にオーストラリア大陸に固有の動植物や環境、農業・畜産業を守るため。おかげで、口蹄疫やBSE(牛海綿状脳症)といった家畜の主な疫病が発生していない国として国際的に認知されている。
新型コロナに関しては、国内初の感染者が確認された1週間後の2月1日に、中国本土から来る外国人を対象に入国制限措置を導入した。3月1日にはイラン、5日に韓国、11日にイタリアが対象国に加わり、20日にはすべての国に拡大された。
さらに24日からは、オーストラリア人や永住者の出国も原則禁止となり、以来事実上の鎖国状態を続けている。オーストラリア国籍保持者・永住者の帰国は可能だが、入国手続き後はまっすぐ2週間の強制的な自己隔離施設への移送が行われている。国内でも多くの州が、州外からの入境制限措置を導入した。
フレンドリーでレイドバック(laid-back=くつろいだ、リラックスした等の意味)と評されるオーストラリア社会の雰囲気は、国境閉鎖や社会的距離の制限導入で様変わり。家でできない仕事や必要不可欠な買い物、運動、医療・介護等以外の外出が禁止されると、一気に殺伐とした方向へ向かいそうになっていた。それを押しとどめ、分断から連帯という方向へ、流れを変えることができたのは、政府が先行き不安感を軽減する対策を潔くケチらず矢継ぎ早に打ち出したことが大きい。
<政府は多言語発信にも力を入れている。たとえば、サポートに関するポスターは全部で36ヵ国語>
半年間の給与補助が人々の心をやわらげた
とりわけ人々を勇気づけたのは、3月30日に経済刺激パッケージ第三弾の目玉として発表された、最大6ヵ月に渡る給与補助「ジョブキーパー助成金」だ。給与所得者だけでなく、コロナ禍の影響を受けた個人事業主も対象で、給付額は一律1人につき隔週1,500豪ドル(約11万円)。これは、一般的な給与中央値の7割、もっとも影響を受けているホスピタリティー業界(飲食・旅行業等)に限れば10割相当という。総人口の4人に1人に近い約600万人が対象になると想定し、1,300億豪ドル(約9兆5251億円)の予算が見込まれたが、この原稿を書いている時点で恩恵を受けたのは約350万人だ。
ベーシックインカム(最低所得補償)的なジョブキーパー助成金の創設を機に、社会のムードはぐっとやわらかくなった。すべての人が救われたわけではない。けれど、生活が立ち行かなくなるかも、という不安から解放された多くの人々が、心にゆとりを取り戻したのだ。合言葉は、「We will get through this together!(一緒に乗り切ろうね!)」。パニック買いは収まり、アジア系住民に対する差別行為に対しては、「オーストラリア人らしくない」と非難の声が上がった。小さな親切を共有して大流行させようという趣旨の「The Kindness Pandemic」という草の根キャンペーンも広がりを見せた。
オーストラリア統計局(ABS)の雇用統計によると、4月の失業率は6.2%。前月から1ポイント上昇したものの、経済学者が予想した8.2%よりは、ずっと低かった。6月にかけて悪化する見込みではあるものの、ジョブキーパー助成金が、雇用維持を支える生命線になったことは間違いない。
<ニュースの合間に流れる非公式国歌「I am Australian」のコーラス。一人じゃないよ、とメッセージを込めて>
必要とする人へ「真水(まみず)」を
経済刺激パッケージ第一弾から第三弾の発表は、わずか半月余りの間になされた。3月12日発表の第一弾は、社会的弱者への一時金支給や中小企業に対するキャッシュフロー支援が中心。その10日後には、社会保障受給者のための「コロナウイルス追加手当」の創設や、追加の一時金を含む第二弾の発表。合間には、「今働いている人はすべてエッセンシャルワーカー」と位置付け、働く親と事業活動継続を支援するために保育所を半年間無料にすることや、家庭内暴力の被害者支援やメンタルヘルスサービス等への緊急拠出といったことも決定した。
<4月下旬に導入された追跡アプリ「COVIDSafe」は、公開から24時間で189万件のダウンロードを記録した。(資料:オーストラリア政府COVIDSafe App )>
オーストラリアの新型コロナ対策費に関して注目されるのは、そのスピード感に加え、実質的な効果が見込める直接支出する金額、いわゆる「真水(まみず)」の割合が高いことだ。全国紙オーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー(5月6日発行)によると、直接的な経済刺激策が国内総生産(GDP)に占める割合は10.6%で、先進国の中で最大という。多額の緊急対策を謳いながら、新たな直接支出の割合がずっと少ない日本政府とは、対照的である。
連邦政府が発表したロードマップによると、制限措置は今後大きく3段階に分けて緩和され、7月までに経済活動を完全再開することを目指している。「思ったより、短い冬眠だったね」となることを祈りたい。
<海辺のリゾート地ポートスティーブンスにある南半球最大級の32キロに及ぶ大砂丘。赤い車両は観光客向けの砂丘ドライブ用4WDで、こちらも6月初めから再スタートしたばかり。トップ写真のストックトンビーチも同じエリアにあり、いつも国内外の観光客でにぎわうが今年はひっそり>©Middy Nakajima)